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雑多な語り場。所謂「オタク」「同人」「二次創作」と呼ばれる要素全開かつ超ミーハーなので、そういったものが苦手な方は御注意を。更新は月2~3回程度ののんびりペースです。
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【2017/10/19 (木) 07:12】 |
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【青の天外】キバ王と鬼の一族について メモ
果物【管理人】
 『天外魔境ZIRIA』クリアしました!!
 現在は小説『天外魔境』を読んでいます。ゲームをクリアしたら読もうと思ってずっと置いていたものですが、ゲームとはストーリーが全然違うんですね。でもジパングについての情勢とか設定とか歴史とか、ゲームでは描き切れなかったことがたくさん詰め込まれているようで、ひたすら世界観の奥深さを感じます。これだけのもの、容量的な問題以前に主人公の視点だけで進んでいく「ゲーム」という媒体には、とても詰め込めなかったでしょうね……。
 小説版と合わせながら、プレイ記書こうかと思います。


 さて、『青の天外』の鬼の一族の歴史について。
 考えかけたけど全然まとまらなかったので諦めたブツ。いつかちゃんとまとめて書き直すかもしれないですし、このままかもしれません。(汗)
 あくまで考えてみた過程を忘れないようにするためのただの「メモ」です。文章に脈絡がないので、いつも以上に読みにくいと思います。ネタとして。
 なにやら必要以上にえげつないことを過ぎらせたりもしているのですが、私もまだ思考の段階で、大部分が自分でも「違うだろうなぁ」「これはないだろうなぁ」とか思いながら書いているものですので、あしからず……と、卑怯な逃げ腰体勢でお送りいたします。(土下座)



「「鬼のツノ」は むかし 鬼いちぞくの王 キバ王さまが
青い目のいちぞくから さずかった ものだそうです
青い目のいちぞくって・・・ いったい なにものなんでしょうね?」

 鬼のツノは青の宝で、青の一族から譲渡されたもの。
 この言い方では微妙なところですが、この鬼は「青い目のいちぞく=青の一族」とわかっていない? 一族の中でこのあたりの歴史がうまく伝わっていないというか、今となっては伝承する力もなくなってしまったということでしょうか。だったら切ない。

 一方で天下丸は「青の一族め!」と言って果心居士につっかかりますし、鬼の一族と青の一族の戦争のことを語っていますね。ちゃんと鬼の一族の歴史を知っている。天下丸ってああ見えて勉強家というか、情報収集の能力はかなり高いという印象を抱いています。
 天下丸は鬼のツノがかつて「青い目の一族から授かったもの=青の宝」ということは、知っていたのでしょうか。(ついでにキバ王とリレイが恋仲だったことも知っていたのか、ちょっと気になります。そのへんは彼には興味がなさそうなので知らないかもしれないですね)

 鬼のツノはやっぱり、青の一族との和睦の証なのでしょうか。「キバ王のよろい」もそう? 逆に、キバ王から譲渡された鎧を青の一族が「宝」として扱ったとも考えられる?
 「青き宝は ひとをみちびく 青き宝は ひとをかえる・・・」というのが、なんだか意味深で気になっていたりします。



 鬼の一族が衰退した原因は「鬼のツノ」を奪われたことそのものよりも、物凄いカリスマを持っていた(であろう)キバ王を失ったことの方が大きい?
 とはいえ、キバ王が亡くなった直後は仇を討とうとか、鬼のツノを取り戻そうとか行動を起こした鬼は大勢いたはず。その度に返り討ちにあって、だんだんと抵抗する力を削がれて、今日の衰退までに至ったのか。
 それともモウトク将軍がキバ王を殺害したと同時に、混乱に乗じて鬼の一族を完膚なきまでに叩きのめしたのか。

「鬼のいちぞくを たいじしたのは モウケンのやつじゃ ないんだ
ホントは せんぞのモウトク将軍さまが 鬼の王をたおして たいじしたんだ
モウトクさまは 鬼が あばれないように 鬼の宝の「鬼のツノ」を うばったんだ」

 なぜにモウトク将軍はキバ王を殺害したのか。
 手掛かりになりそうな台詞は↑ですが、一部伝聞に偏りがあって、実際は鬼のツノは「鬼を眠らせてかすめ取った」らしい。民衆、ましてや将軍配下にはモウトク将軍の武勇伝的内容に書き換えられて伝わるのは、よくあることといえばよくあること。(汗)

 ……そしてコレ、よく見たら「鬼の王を退治した」ではなく「鬼の一族を退治した」とありますね。
 この時はキバ王一人がやられたわけではなく、鬼の一族全体が完膚無きに叩きのめされたということでしょうか。正面から戦うと人間は鬼には敵いませんから、騙し討ちで王を殺して、力の源である鬼のツノを奪って、混乱に乗じて奇襲をかけたとか。
 報復を防ぐ必要もあったでしょうし、その奥には何か陰謀が……と、さっきから私はなんてこと考えてるんだうあああ……。なんか猛烈にスミマセン。(滝汗)

 鬼の一族が力を失ったのは「キバ王と鬼のツノを失った」ことだけが直接原因ではなく、この時に人間に抵抗する力も心も大きく削がれて(相当数を減らしたか)、衰退の一途を辿ったと。
 もしそうだとしたら、この事件は「モウトク将軍がキバ王を暗殺した」だけではなく、その後に軍を率いて天鬼山に乗り込んだ……という大きな騒乱になりますね。

 とすると、ますますなぜこの行為に及んだのか、謎が深まるのですが。……しかし当時の情勢については、ゲームの中で得られる情報が一切ないので、どうしようもないのが悲しいところ。
 人間側視点ではありますが「鬼が あばれないように」(鬼=凶暴という認識)とあるあたり、当時は人間族と鬼族の間で何かトラブルがあったのでしょうか。



 そして、これだけのことをしたのなら天帝の耳にも入ってそうですが。仮に鬼の一族と人間族の間に何かしらトラブルが起こったとしても、だからといって天帝が鬼の一族を攻め滅ぼせなんて命ずるはずはないので、これはモウトク将軍の独断の行為だった? ……私がそう思いたいだけかもしれませんが。(汗)
 個人的だったかどうかはわかりませんが、モウトク将軍の独断の行動に、天帝はどういう始末をつけたのか。ただ、彼の子孫のモウケンの代にまで将軍職が受け継がれているということは、当時の将軍もそう厳しくは罰せられなかった可能性が高いか……そもそも「罰せられた」のか。

 天帝でも簡単にどうこうできないほど、当時はモウトク将軍の力が大きかったということでしょうか。
 現在のモウケン将軍の人望のなさが目立っているのでわかりにくいですが、「将軍」というのは思ったよりも強い権威なのかもしれない(過去二つの大きな戦争の時にこの「将軍」が活躍したのなら尚更)。実際に大都の町を一つ支配できる権限を与えられており、大都の兵士は皆将軍の配下のようです(大都門番やタイキョクの兵士も将軍配下。恐らく天帝宮の兵士も?)。天帝の軍事力全般(ニンジャは別として)を司っているのだとしたら、あっさり切り捨てられない?
 現在でも、天帝宮は将軍と距離を置きつつはあるも、いまだにモウケン将軍の横暴をのさばらせているのは「将軍」の力の強さもあるのか。

 あまり関係はないですが、小説版『天外魔境』ではジパングは大和地方と坂東地方に勢力が二分されていて、大和地方を「タイクーン」が、坂東地方を「ショーグン」が治めているよう。
 いずれジパングを統一し覇権を握ろうと、「タイクーン」と「ショーグン」は対立しているらしい。
 ……いや、だからって青の天外には関係ないと思いますが。多分。うん。(汗)

 天下丸が果心居士に向かって「青き目のいちぞくは オレたち 鬼のいちぞくの てきだ!!」と言ってたのは、もしかして大昔の戦争のことからだけではなく、この時のこと(モウトク将軍の行為を黙認した)を指していたのだとしたらエグイものを感じますが。……考え過ぎですね。(汗)



 そしてこれは、いつごろあった事件なんでしょうか。
 モウトク将軍は「モウケン将軍の先祖」という大変曖昧な表現にとどまっているので、いったいどれくらい前の先祖なのやら。でも「先祖」と言うからには父や祖父ではない、もっと前の代の人なんだという印象を抱きますが。(少なくとも百年以上は前?)

「おまえのような 鬼がまだいるとは 鬼の王 キバ王も よろこぶじゃろう」

 解釈は微妙なところですが、果心居士は生前のキバ王を知っている可能性が高い模様。するとこれは五百年以内のこと……と、それだけでは幅が広すぎてあまり参考にはなりませんが。
 なんとなく、果心居士はキバ王が殺された後、鬼の一族が衰退していった姿を見てきたんだろうな、という印象を抱いています。だから自分につっかかってきた天下丸の姿を見て、嬉しくなった。
 その後の「キバ王さまは・・・ にんげんに ころされた」「ウム・・・だが・・・」の「ウム・・・」にどんな感情が込められていたのか、そのあたりが非常に気になりつつも、水月の襲来があったので残念ながら「それどころではない」と。

「キバ王は にんげんの だましうちにあって ころされてしまった
そのとき リレイさまは どんなきもちだったのでしょうね・・・」

 ストレートに受け取るとキバ王死亡時にはリレイは生存していたということになりますが、この村人は「リレイは精霊となって今でも村を見守っている」を前提に話しているので、この時点でのリレイの(肉体的な)生死の参考にはならない……とも取れます。
 とはいえどっちにも取れるので、もう個人個人の解釈次第としか言いようがないですが。(汗)

 リレイが生きていたとしたら、赤き目の一族との戦争が終結して間もない頃で、天帝も将軍も鬼の一族も被害の収拾や復興でそれどころではなく、この時期に事件があったとするのは無理があるような気もしますが…………むしろこの混乱の中で起こったことだから、全体的に有耶無耶になってしまったのか。いやいや。うーむ。(混乱)
 でもキバ王が人間の村を守ったという事実がある上で、こういうことが起こってしまったとしたら切ないものがありますし、やはりモウトク将軍はこの時代の人物ではない?



 公式の明確な情報が少なすぎて、どのようにも取れる(というか不明点が多すぎる)ので、考察らしい考察はできないです。
 始めからこうなることはある程度わかっておきながら手を出しておいてアレですが、文章に全然まとまりがなくてすみません。(土下座)

 全ての謎は「モウトク将軍がなぜ鬼の一族を退治したのか」というところにかかってきていると思います。ここがわからないと、何もわからないという。
 モウトク将軍の名前のモデルは、三国志で有名な「曹操孟徳」からでしょうか。とすると、そこからだけでも設定された人物像に濃いものを感じてしまいますが、全ては謎の中……。幻の続編に登場する予定だったりしたのかも。


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妙な個所に目を付けてナンですが、天外魔境OPのこの語りというか言葉の響きが何とも言えず好きです。「どよもす」という表現をチョイスするセンスが。
 『天外魔境ZIRIA』(PSP移植版)プレイ中。進行状況は相模国に入ったところです。ストーリーでは終盤のはじめくらいでしょうか? クリアしてからプレイ記書きます。

 茶菓菜屋より6月28日、7月1日にweb拍手と、6月15日、14年12月12日の記事拍手ありがとうございました。

 DQ8リメイクの新動画にて。ククールの“おどかす”の「コラァ!!」に吹き倒しました。不良僧侶一直線じゃないですか。
 久々に『ドラゴンクエスト8のあるきかた』読んでみて思ったのが、ククールが女性を口説くのって屈折?した自分を誤魔化すためかと思ってたけど(僧侶にあるまじき不良行為に関してはそうなのでしょうが)、女好きギャンブル好きの性格は天性の部分もあるかもしれない。素。マルチェロの悪徳財務会計員(笑)っぷりにしても、あの兄弟は父親の悪い部分をそれぞれしっかり受け継いでいるところが、因果ですが面白いなと思います。……君たち一応、聖職者だよね?(汗)
 DQ8のしか読んだことないのですがこの『あるきかた』本、好きです。データ集といったところでしょうか。公式ですが設定資料集ではなく、あくまで「ゲームを実際にプレイして調べ尽くした」という、私が普段オリエンタルブルーに対してやってるみたいなやつです。もちろんあちら様の方が圧倒的な時間と労力をかけた情報量ですが。ゲーム攻略や世界観考察に役立つことから、「だから何?」的な至極どーでもいいことまで調べ尽くされた、手作り感溢れる誰得マニアックさが一種の憧れに近い意味でたまらないものがある。(笑) DQの他にFFやファイアーエムブレムでも『あるきかた』出ているようです。……誰かオリエンタルブルーでこういうことやってくれませんかね。(ボソッ)


 ジパングの(マサカドが封印された後の)自然についての表現 「光や水や 大地や雲が よみがえり 木の芽がふき 水がわき 花が咲き 空は その青さを取り戻した」 を見て、青の一族の故郷の星についての表現 「水が あわたる もりが もえる かぜは ながれる ひかりが みちる」 が彷彿とされました。
 ……何が言いたいのかというと、青の一族の「故郷の星」はジパングだったという裏設定があったりしたら面白いなと思っただけです。さすがにジパングというのは無理がありますが、「ジパングが存在する星のどこか」とか。

 今回はタイトルにあるよう、考察対象が全体的に高齢です。じじエンタルブルー。このゲームは個性豊かで魅力的なじっさまがたくさん出て来るからしょうがない。




【天帝のニンジャとわかな姫】

「●●●どの 天帝の宝を うけとられましたな
あとは わかな姫さまとの ごたいめんを おはたしください
●●●どのには きこえておるはず わかな姫のこえが そして おもいが」


 ハンゾウのこの台詞が何とも言えず好きです。普通にプレイしてるとそのままわかな姫救出しちゃうんで、見つかりにくい台詞なのが惜しい。(このゲームはそういう台詞が多いですね……)
 敢えて主人公にわかな姫の封印場所を教えない。絶対知っているはずなのに。そこに頭領の深い意図があったとしたら激しく燃えます。私が。

 前例として、かつての天帝とわかな姫の間にも、そういう特殊な繋がりがあったのでしょう。ハンゾウはそれを知っていて、天帝の後継者(と確信した)である主人公に対して「●●●どのには きこえておるはず」と言ったのだとしたら激しく燃えます。私が。
 ……まあジュウベエ編では奴があっさり居場所を教えてくれるので、この台詞にそこまで深い意図はないのかもしれませんが。いつもの私のニンジャ贔屓です気にしないでください。

 わかな姫が攫われた時、ジュウベエやニンジャマスターも「わかな姫の声を聞け」的なことを言っていましたが、天帝のニンジャにとって「天帝(の血を引く者)とわかな姫の特殊な繋がり」には一種の信頼というか、特別な何かを感じ入ったりしてるのでしょうか。
 ……あの状況ではわかな姫の能力も情報の糸口ですし、ゲーム的にはただのヒントだと思いますけども。でもこの時のわかな姫の声はあまりヒントになr(殴) RPG勘が良い人は一発でゆめどのだと確信したそうです私が鈍すぎただけですスミマセン(汗)

 1000年ザクラの心から生じたわかな姫は、コノハナ神社と関わりが深い(かもしれない)ニンジャという民にとって、「天帝の娘だから」だけではない特別な思い入れのある存在だとしたら、なんだか燃えます。私が。……とまあ、このあたりはいつもの私の(略)




【果心居士と青の勇者】

 某T様の果心居士考察に激しく燃えたのですが、その中で「果心居士の主人公に対する口調が安定しない」疑問は私も台詞を収集しながら若干気になっていました。「キャラ設定が緩い故のブレ」にしてはちょっと個所が多いですし、何か法則があるのかなと思って確認。
 メインストーリーを追ってみると、果心居士が主人公への態度を変えたタイミングがありました。コクヨウ仮面から天帝の剣を奪還した場面です。

「●●●どの! 「天帝の剣」を とりもどすのじゃ さあ そのてに!」

 ここで初めて主人公のことを「●●●どの」と呼び、以降口調もやや丁寧なものに変わります。ただ、熱が入ると呼び捨てに戻ったり、イベント上いつでも聞ける台詞も混ざったりすることがあるので、「主人公に対する口調が安定しない」と感じるんじゃないかなと思います。

 とすると、このタイミングまで実は主人公のことを認めていなかった……というか、ジャッジほど露骨な不信を持たないにしろ、内心「コイツで大丈夫かな?」と思ってたということですか。

「おお ようやく きおったか あいかわらず またせるのぅ
おまえが 青の城を うけついだという ●●●か・・・
う~む パッとせんやつじゃのぅ」


 果心居士の主人公に対する印象は、この台詞が物語っている。パッとせんやつ。
 かつてカラホトを救った青の城の勇者の再来(そして天帝の後継者でもある)というから、どんな凄い人物かと思ったら、あまりにも「パッとせんやつ」だったのでちょっとガッカリしたとか。(笑)
 それにしても「あいかわらず またせるのぅ」の「あいかわらず」にどんな意味が込められているのか、そのあたりが凄く気になります。


 そんなこんなで内心「コイツで大丈夫かな?」と思いつつ、旅の中でだんだんと主人公の実力を認めていく。天帝の剣を取り戻したことをきっかけに「お前は真の勇者だ!」と信頼した意味で口調を改めたのかしら、と。

「ダークオーブを はかいするのじゃ そのひかりの剣で ●●●
かつて 青のいちぞくが はたせなかった ただ1つのこと
そして それが こんかいのひげきの はじまり
青のゆうしゃ ●●●どの そなたにならば できるはずじゃ!」


 この台詞好きです。最後に改めて「青の勇者●●●どの」と言い直すところが。
 ジャッジは目に見えて「だんだんと主人公を認めていく」様子が伺えますが、果心居士にも密かに(主人公に対する)心境の変化があったのだなぁと思うと、じっさまにちゃんと認められたのは嬉しい。というか相変わらず設定が細かいです……。(そしてそれをあまり押し出さないという)

「われらも・・・ そのふういんを といてしまった
れきしを くりかえさぬようにせんとな ・・・●●●どの」

 という台詞から見ると、大元のシナリオ(?)ではゲド復活は「天帝の剣奪還後」のタイミングだったりするのかなと思ったりなんだり。(実際このくらいのレベルでないとガーディアンには勝てませんが)




【果心居士とかぐら】

 完全な余談ですが、改めて果心居士周辺の台詞を洗っていく中で、カラホトの人々の果心居士とかぐらそれぞれに対する反応の違いが面白いなと思いました。

 カラホト城入り口の兵士とのやりとり。
「そうじゃ! バライルどのが おまちであろう とおして もらうぞ!」
「はっ 果心居士どのが そう おっしゃるのであれば・・・」

 「果心居士どのが~」というあたりに、じっさまの貫禄を感じる。

「そっ! バライルちゃんが まってるんでしょ とおるわよ!」
「え? ええ! どうぞ かぐらさま・・・」
「さっ! いくわよ ●●●!!」

 一方で、勢いで押し通る感じのかぐらも“らしくて”面白いですが。「え?」と一瞬戸惑う兵士がかわいい。
 ……でもまたコレ、台詞の発生条件が「カラホト城に入る前に果心居士orかぐらを仲間にして、兵士から名前を聞かれた時にわざと間違える」という、通常プレイではあまり見ることができないやりとりなのが惜しい。相変わらずこのゲームはそういう台詞が(略)


 「マジンのふえを貸してほしい」と言われた時の、バライル王の反応もそうなんですが、エチナもまた顕著な違いが出ていて、
「バライルさま いけません いくら かぐらどのでも!! 「マジンのふえ」を おかしするなど ぜったいに いけません!!」
 と、かぐら編では強い口調で断固拒否(こっちが普通の反応だと思います)しましたが、果心居士編では、
「それは いくら 果心居士どのでも 「マジンのふえ」は・・・」
 と、やや遠慮気味に。エチナも黙らせる果心居士の貫禄。純粋な青の一族+齢五百歳というスペックだけで、畏れ多いほどの存在感があるのだと思います。これは仕方ない。

 エチナもまただんだんと主人公を認めていく台詞の流れが面白い。
 公式HPでは「排他的な人間」とありますが、警戒心の強いキツめな態度を取るのは、まだ幼いバライル王を支える身(ましてや摂政)なのだからこのくらいは仕方ないと思います。しかし最終的には「心から尊敬しますぞ」とまで言われる。可愛い。


 カラホト城とは逆に、庶民から見た時はかぐらの方が身近な存在なのか、
「かぐらさまは ヤリのつかいて としても カラホトいち ゆうめいなんです
さすがは たたかいの神 トキさまの 血をひくといわれている おかたですよね!」

 と称賛されています。果心居士については、
「あの おじいさん・・・ そんなに スゴイひとなのかしら?」
 という感想で、「カラホト王家の信頼は厚いらしいけど、どういう人なのかはよくわからない」認識っぽいです。

 簡単に立ち寄れないカナンのとうだいにいる人物に比べて、一般人が日常的にお参りできるトキのしんでんにいる人物の方が身近な存在になるのは当たり前のことだと思いますが(この二人は職業的な役割も違うでしょうし)。天帝の陰陽師時代はちしゃの森に住んでいたあたり、もともと人前にはあまり出て来なかったのかも。




 青天ネタは以上です。
 記事全体から言えば割合が少なすぎて(&中身がなさ過ぎて)青天カテゴリに入れていいのか悩みどころですが、他が雑多すぎて分類できるのが青天しかなかったのでここに入れておきます。この適当ブログ管理。
 実は「モウトク将軍はなぜ鬼の一族を討伐したのか」ということについても長々書きかけていたのですが、公式情報が不明なあまり全然まとまらなくて無理でした。モウトク将軍について、キバ王だけでなく「鬼のいちぞくを たいじした」という伝聞に、明らかな考え過ぎもありますが、何やら裏に恐ろしい思惑が見え隠れして、「この時の天帝の対応は?」とまで考え出すと下手な妄想ができなくなりました。ど、どなたか代わりに……やって……くだ、さい。orz

 もうこの際仮説でも奇説でも妄想でも捏造でも何でもいいので、一回ちゃんと青の大地の年表作ろうか考え中です。自分がどんなネタを話したか、いよいよ自分でも把握しきれなくなってきたので(そして後に考えたことが前に語ったことと大いに矛盾してたり;)、自分の自分による自分のための資料として。
 公式情報に基づいたバージョンと、その空白を妄想全力で埋めていったバージョン。正確な情報が少ないので、後者はもう考察ではなく二次創作ってことで開き直ります(殴)。ただ例によって鬼の一族関連がまとまりきってない(キバ王死亡が何年前かとか)ので、悩み中。いっそ誰か作ってください。(ボソッ)

 以下は最近読んだ本の話。ここのところは積みに積まれた「買ったはいいが未読の本」をせっせと崩していってます。そろそろ自分でも小説を書きたいインスピレーションも高まってきてはいますが。
 重大なネタバレはしていないつもりですが自分の中の基準が緩々なので、気になる方はご注意ください。




【秘帖・源氏物語 翁】(夢枕獏)

 最近読んだというか、前回参照に使わせていただいた流れで改めて読み返しました。初回読んだ時は部分部分の情報に気を取られて全体の流れが掴めなかったのですが(そもそも本を取ったきっかけが「あの蘆屋道満と光源氏がコンビで妖怪退治!」という設定にたまらなく惹かれたという軽いノリだったせいもありますが;)、二回目で「ああ、こういう話だったのか」というのがなんとなくわかった気がします。

 夢枕先生の蘆屋道満が好きです。この道満がたまーに見せるデレといいますか、人間的な『熱』(温かみであったり、激情であったり)に、キュンキュン来ます。終盤の光の君に向けた「いつにない、優しい声であった」にもんどりうち。(落ち着け)
 最近では『陰陽師 蛍火の巻』の「山神の贄」に、胸を打たれました。道満がこういった感情を露わにするのは、珍しいですね。
 しかし私は青の天外の果心居士にしてもそうなんですが、こういう食えない感じの「魔導師的なじーさん」属性が好きみたいです。敵でも味方でも、周囲をおちょくる?ような妖しさと年の功が魅力。きっかけはドラゴンボールの亀仙人……かな?(それか『犬夜叉』の刀々斎。どちらも魔導師ではないですが)


 改めて読み返して思ったのが、私は夢枕先生の情景描写が凄く好きだなぁと。例えば、この本ではここ、

 凄まじい月光なのである。
 青く、さえざえとして、人の魂にまで襲いかかってきそうな月の光なのである。この光の中に立っていると、ものの半刻で、人はもの狂いして、人でないものになってしまいそうであった。


 時々、外に出ると月の光だけが爛々と輝いていて、異様に明るい夜がありますよね。その時の不思議と高揚するような気分や、明るすぎてちょっと気味が悪いような気持ちを思い出しました。
 しばしば『陰陽師』では、晴明と博雅が簀子で酒を酌み交わすシーンから始まることが多いですよね。季節や天候、庭の様子や風の香りといった全体を包み込む「空気」の描写にうっとりしてしまうんです。

 小説の世界と、私が実際に生きている世界は時代も風景も全然違いますが、「この季節はこんな感じだよね」「こういう夜もあるよね」という、とても想像と共感がしやすい内容だから好きなんだと思います。単に文章が綺麗なだけではなくて、普段当たり前に感じて通り過ぎてしまうような「空気」を、文字を通してじんわりと感じさせてくれる。元々「綺麗なもの」を改めて「綺麗」と感じさせて気付かせてくれるから、私は好きなのかなと。
 昨年、既刊の『陰陽師』シリーズをものの一月ほどで一気読みしたのは、基礎設定(和風妖退治ミステリー&男バディ)が好きというのもあるのですが、この文章にのめり込んでしまったというのが、大きかったと思います。


 漫画版『陰陽師』の岡野先生は、

 心乱れるといえば、原作の夢枕獏さんの『陰陽師』を読んだ時だ。あまりに“いんび”な情景に、とても心乱れた。自分ではとてもこんな“いんび”な世界を考えつくことなんてできない。

 と語られておられました。岡野先生が感じられた「いんび」と、私がうっとりした「空気」が同じものかどうかはわかりませんが、私の中では不思議な「艶がある」と言いますか。
 その空気に溶け込むような、台詞と文章のリズムがまた良い。一呼吸一呼吸が短くて、こくん、こくん、と飲み込むがごとく頭に馴染んでいくんです。文章のマイナスイオンに包まれて読んでいるような感じ――――と、「この表現が素晴らしい」と伝えたいのに、私自身の表現力があまりにも稚拙すぎて全然伝わらなくて誠に申し訳ないです。(汗)

 あとがきで夢枕先生自身は源氏物語に対して「魅かれずにはおられないのが、匂いたつようなあの文章である。(中略)呼吸がいい。読んでいると、心地よい。」と書かれておられましたが、多分、私が先生の文章に感じているのはその感覚に近いものかと思います。
 「面白い」と思う作品は沢山ありますが、「文章」という観点では今現在は夢枕先生の文章が特に好きなようです。(深沢美潮先生のFQの文章もとても好きですが、またこれは作風も好きのベクトルも違う方向で)


 自分もこういう文章を書けたらなぁ、と畏れ多くも憧れてしまうんですね。夢枕先生は『秘伝「書く」技術』の中で、

 大事なのは“面白がる心”だと思います。お、これは面白いぞと心が動けば、そのフレーズは自然に自分のなかに刻まれます。そして表現の引き出しが増えていきます。一方、心が動かなければ、そもそも「良い表現だな」とも感じてないわけですから、どんなに素晴らしい表現を見聞きしても、目の前を通り過ぎていってしまいます。
 表現力を付けるためには、才能プラス、面白がる心と訓練、いわば真似です。


 と書かれていて、先生自身も「心が動いた」「影響を受けた」作家の方や表現をいくつか挙げておられます。描写力、表現力の上達については素人には難しいものもありますが、方法については「なるほどなぁ」と納得。私も、いまだに十数年前にハマっていた同人作家さんの文章に影響を受けまくっています。文章って根源は「憧れ」で構成されていくような気がします。
 これがいよいよ作家の方になるとそれを自分なりに練り込んで「自分のもの」にしていくんだろうなと思います。私はプロの作家でもなければそれを目指す気も全然ないので、偉そうな口は叩けませんが。ただの憧れ止まりということで、すみません。(汗)

 …………あれ? 気付けば、小説本編に全然関係ないことばっかり書いていますね。小説の内容については前回語ったので、今回は改めて思ったこと、ということで。




【平成講釈 安倍晴明伝】(夢枕獏)

 また夢枕先生の本かよ、と言われそうですが。実際は他にも色々読んでます。でも江戸物とか漫画とか生物学とか軍術書とか、ジャンルがあっちこっちに分散しているので、関連付けのしやすい同類のものから感想まとめるとまあ結局こうなるよねという。(苦笑)
 最近、文春文庫で再版されましたが、読んだのは中公文庫版の方です。随分前に購入して詰まれていたのを、ようやく読み切りました。私の本棚にはそういう本が多すぎや……。

 さて、夢枕先生で安倍晴明といえば晴明と博雅がコンビで活躍する『陰陽師』ですが、この本はそれとは違う話です。簡単に言うと明治の講談『安倍晴明』を、夢枕先生が自分流にアレンジして書かれた小説です。講釈調の「語るような文章」で書かれています。

 舞台の上から、講釈師が、お客に語るように書く。
 現在進行形で、アドリブ入り。
 つまり、そのおりそのおりの、時事や、書き手の私生活、考えなどを書いてしまうこと。日々の感動や体験などを盛り込みつつ、お話を進めてゆくこと。(中略)
 たとえば、芝居を観たら、その芝居のことを枕に振ってから本編に入ってゆく(しかも本編とはまるで無関係ではない)というスタイルは、そうしてできあがったものです。


 あとがきでこう説明されています。よって、本編では所々で「活字講釈師・夢枕獏秀斎」が注釈を加えたり、ツッコミを入れたり、創作の裏話をしたり、脱線をしたり……と、かなり「自由」な感じです。普通の「小説」だと思って読み始めると驚かれると思います。
 この「語るように書く」というのが、どんな内容かといいますと、(※尾花丸(晴明の幼名)と道満が繰り広げた問答場面にて)


「それこそ我が安倍家において祭る霊神なり。もって他言はできぬが、これを聞きたくば、蘆屋道満、其方階段を下りて我が前に手を突え、我が弟子となるならば教えようではないか」
 ここに至っては、尾花丸、蘆屋道満を挑発しているとしか思えません。
 たとえばこれは、あなたが総理大臣のところへ出かけてゆき、
「秘書にしてやるからカバン持ちをせい」
 いきなりそう言うようなものでございます。
 入門したての新人が、ジャイアント馬場にむかって、
「おい、おれの腰をもめい」
 そう言っているのと同じでございます。
 むろん、うんと言うはずはございません。
「奇怪なるその一言。汝が霊神と言うは、さだめて悪鬼、邪気の類ならん。斯る神を祭って諸人を惑わさんとするは、これは国家の曲者である。ヤアヤア検非違使の役人共、それ、この童子に縄をかけい」
 これもまた、怒るのはもっともなれど、インテリとも思えぬ論理の飛躍を見せて叫んでしまった道満でありました。



 こういった感じです。実際はもっと濃いというか、はっちゃけたような文面もあります。
 特に、幼い頃の晴明――尾花丸の人物設定をどう設定するかの思考過程の「語り」が好きです。元ネタである講談を比較参考にしながら、「悪ノリしてゆく時の作者が、どのような思考を経てひとつのキャラクターを創ってゆくか」という過程を「よし。」とか「ううむ。」とか言いながら練っていく。そんなところまで「語られて」いるのに、笑いました。

 こういうスタイルの文章は好き嫌いがあるかなと思いますが、ここまで徹底されていると私は結構好きです。エッセイではないですが、それっぽくも捉えられる。
 私個人のイメージとしては、「尾花丸と蘆屋道満の呪法合戦の物語の中に入り込む」というより「講釈師・夢枕獏秀斎の公演を聴いている」気分で読んでいました。もちろん物語として、講談ならではの大胆な設定や荒唐無稽な展開にワクワクします。

 講談『安倍晴明』をベースにしながらも、「桃川版」「玉田版」とそれぞれの講釈師がアレンジを加えられるように、最終的には夢枕獏秀斎さんも独自の展開を語られています。
 まさに「こ、これが夢枕先生の代名詞「エロス&バイオレンス」か……」と思い知りました。映像だったらトラウマものです(汗)。文章で良かったです。……もともと、文章だったらこういうのも嫌いではなかったりしますが。(ボソッ)




 他にも最近読んで感想書きたい本がいくつかありますが、あまりにもダラダラと長くなったので、とりあえず夢枕先生の本2冊で。
 いつものことですが、宣伝のようで単に「私はこういうのが好きです」と語っているだけという。いつものことですが、「面白いよ」と紹介はしたいという気持ちはありつつもレビューとしてまったく役に立たない代物です。好きなのに本に申し訳ない気持ち……。orz
 知的で客観的で読解力があって冷静で正確で表現が上手くて解説力があって役に立つ分かりやすい信頼できる評価を書かれる方は他に大勢いらっしゃいますので、どうぞそちらをご参照くださいませ。(汗)

 夢枕先生はエロスからバイオレンスからSF時代物からミステリーから格闘技、登山、釣り等々まで様々なジャンルで実に300冊以上も書かれているので、さすがに全部読むのは無理だと思います。ジャンル的な好みもありますし。だから夢枕先生のファンかと言われれば畏れ多い気がして……というか作品全体の何%を読んだら「その作者のファン」と名乗っていいのでしょうか。(汗)
 今のところ『陰陽師』と『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』が好きな二本柱で、私は基本的に「物の怪や魑魅魍魎が出てくる」という要素を重視して選んでいます(+男同士のバディがあると尚良し)。「夢枕先生の妖系伝奇モノのファン」ですかね。代表作では最近『キマイラ』が気になっています。

 ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
 追記は蛇足でちょろっと「秦道満」の話。

拍手[1回]





 前回話題に出したことからちょっと気になって後で調べて見ると、蘆屋道満が秦道満で秦氏の血を引くというのは、結構一般的な説のようです。出身の播磨国が秦氏とゆかりが深いからでしょうか。倭にあったらしい「秦王国」は播磨にあったのではないかという説も。
 ちなみに、岡野玲子先生の漫画版『陰陽師』4巻「白比丘尼」では、比丘尼の父は「秦道満」という設定になっています。

晴明「父は秦道満という者らしい。その父がある日、異国から人魚の肉をもらって帰って来る。娘は何も知らずにそれを啖わされ、不老不死となってしまう。(中略)父の道満という者も多分、神仙道や道教に興味を持っていたのだろうな。というのも娘の三人目の夫が長寿ながら死んだ時、とうに死んだはずのその父が娘をたずねて来たというのさ」
比丘尼「その時はじめて、私は父が故意に私を不老不死にしたのだということがわかりました。父は私を使って道鏡どののように権力を手に入れたかったのですわ」

 ただ、この「秦道満」が所謂「道摩法師」かは不明。(あと道摩法師=蘆屋道満なのかも不明らしいですが)
 漫画版『陰陽師』終盤に登場した「蘆屋道満」の正体が白比丘尼だった(※ネタバレ)のは、このあたりがフラグだったのでしょうか。最終巻に関しては私の理解力が足りないせいか「?」な部分もあったので(汗)、ちゃんと読み返さないといい加減なことは言えませんが。(解釈が間違っていたらすみません)


 しかし、調べ出すと「歴史上のあの人物も秦氏だ」「この人物も秦氏だ」「この技術を持ち込んだのも秦氏だ」「これをやったのも秦氏だ」というのがわんさか出てきて、もう何が本当で何が嘘やら……。ネットの情報ですし、話半分に受け流しつつ、こういう古代の歴史ミステリーは様々な説や解釈があるから面白いといえますね。図書館で書籍の資料もちらっと読んだりしたのですが、「秦」は単なる「ハタ」への当て字で、特に意味はないという説も。(でもやっぱりあくまで「説」の一つ)

 祖先は渡来人と言われている伊賀の服部氏。『忍者の教科書 新萬川集海』によると、
 服部は「はとりべ」「はたおりべ」といい、古代に機織りの技能を伝えた渡来人だと考えられます。やがて「部(べ)」の部分が消え、転じて「はっとり」となりました。
 とのこと。それを考えると「機(はた)織り」の技術を伝えたとされる秦氏の末裔が服部(はたおりべ)、という説があるのもわかる気がします。ただしこれについては否定されている文献もあるらしいので、やはり「説」の一つに過ぎませんが。
 秦氏ではなく司馬遷の『史記』に書かれている徐福の話ですが、上記に通ずる部分で、作家の米村圭伍先生の見解が興味深かったです。

 徐福渡来の地とされる場所は、北は青森から南は鹿児島まで二十ヶ所以上も存在します。(中略)
 なにゆえ二十人を超す徐福が我が国に渡来したことになっているのか。その答えはこのように考えられるのではないでしょうか。わが国には朝廷に招かれた帰化人とは別に幾多の渡来人が漂着、もしくは新天地を求めて来訪し、水稲栽培にはじまる農業技術や冶金、金属加工、養蚕、製織といった革新的な技術をもたらしたのだ、と。
 そして、古代日本の各地に忽然と現れた言葉の通じない人々が、東方海上の蓬莱山をめざして船出した徐福が戻らなかったという『史記』の記述と合致することから、「彼こそが徐福だったのだ」と語り伝えられるようになったのでしょう。
(※『おたから蜜姫』より)

 あくまで小説内の記述ですし、研究者ではない一作家の方の見解ですから、史実資料としての根拠が強いわけではありませんが、考え方は面白いなというか、なるほどなと納得。二十人以上もいればその中に「御色多由也」と呼ばれた人もいたかもしれません。そんな浪漫。そもそも『史記』の徐福その人が日本に来たかどうかもわからないという。
 渡来人の各氏の系統について様々な説があるのはそういう理由もあるような気もします――と、このド素人は軽率に思ってしまったわけです。真実は一つだけでなく、実は全部正解なのかもしれない。公的な記録に残らないものもある。それだけに民間の伝承や稗史も重要ということですね。だから歴史ミステリーは人を惹き付けて止まないのだなぁ――と、このド素人は軽率に思ってしまったわけです。


 話はややぶっ飛びますが、『平成講釈 安倍晴明伝』の第八席「夢枕獏秀斎スルタンの国にていよいよ物語が佳境に入りしことを宣言すること」(長い!)にて、夢枕獏秀斎さんはこのように語られております。

 実は我が安倍晴明公ゆかりの紋様もまた、こちらのイスラム文化の中にあるのでございます。
 一般的にいうところの、
“五芒星形”
 あのマークでございます。
 安倍晴明公の家紋とでも申しましょうか、俗に晴明紋とか、晴明桔梗とか呼ばれているものでございますね。
 ユダヤ教で言うダビデの星、六芒星形などは、もっと古くからあり、これまた古い神秘のシンボルでございます。
 安倍晴明公のことに思いを馳せる時、そこから、どこか、シルクロードの彼方の異国の香りが漂ってくるのは、そういうことがあるからでしょうか。
 ともあれ、この夢枕獏秀斎、異教の寺院を見物している最中に、天井の紋様などにこの“[五芒星]”マーク、晴明紋を発見しては、この物語に思いをおよばせていたりしていたのでございます。


 魔除けの印で有名な「セーマン(五芒星)」「ドーマン(九字紋)」は「晴明」と「道満」から来ていると言われていますが、今昔物語や講談『安倍晴明』をはじめとする多くの“晴明もの”の物語では、よく安倍晴明と蘆屋道満はライバルとして描かれていますよね。(そして道満は悪役という……)
 安倍晴明は“五芒星”を使い、ライバルの蘆屋道満の秦道満は“六芒星”と関わりがある(という説がある)のは、運命的な何かを感じるというか、深い意味が隠されているのかなと思ったりなんだり。五芒星を使うから安倍晴明にも「秦氏説」があったりするみたいです。(例によってここまで来ると何がホントがウソか……となってくるので、話半分に)


 歴史研究家でもなければ評論家でもありませんので、「ふーん、こういう話もあるんだね」と思ったことをただ書き連ねただけです。偉そうに講釈垂れるつもりは微塵もありませんというか、上記までの内容を見ていただければわかるように、明らかに講釈の「コ」の字もなければ何ひとつ実のある話をしていませんしできません。……お前ただの趣味で雑記場とはいえ仮にも物書きの端くれなんだから書くにしてももっと中身をだな。
 もともとカスみたいな基礎知識しかないので、あっちこっちで言われていること、書かれていることを目にしては何でもかんでも「へぇ」「へぇ」と、受け入れてしまうというか頷いてしまうというか(ある程度の「好み」の基準はありつつも)「そういう説もあるんだ」ぐらいに思ってしまうあたりが、私の軽率で頭の悪いところでございます。……「頭カラッポの方が夢詰め込める」って本当デスネ。(←前向きな表現で誤魔化すんじゃない

 改めまして、このグダグダ語りにここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。……本当に、ありがとうございました。(土下座) いつもことですがこれといった中身がなくてすみません。
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 前回話題に出したことからちょっと気になって後で調べて見ると、蘆屋道満が秦道満で秦氏の血を引くというのは、結構一般的な説のようです。出身の播磨国が秦氏とゆかりが深いからでしょうか。倭にあったらしい「秦王国」は播磨にあったのではないかという説も。
 ちなみに、岡野玲子先生の漫画版『陰陽師』4巻「白比丘尼」では、比丘尼の父は「秦道満」という設定になっています。

晴明「父は秦道満という者らしい。その父がある日、異国から人魚の肉をもらって帰って来る。娘は何も知らずにそれを啖わされ、不老不死となってしまう。(中略)父の道満という者も多分、神仙道や道教に興味を持っていたのだろうな。というのも娘の三人目の夫が長寿ながら死んだ時、とうに死んだはずのその父が娘をたずねて来たというのさ」
比丘尼「その時はじめて、私は父が故意に私を不老不死にしたのだということがわかりました。父は私を使って道鏡どののように権力を手に入れたかったのですわ」

 ただ、この「秦道満」が所謂「道摩法師」かは不明。(あと道摩法師=蘆屋道満なのかも不明らしいですが)
 漫画版『陰陽師』終盤に登場した「蘆屋道満」の正体が白比丘尼だった(※ネタバレ)のは、このあたりがフラグだったのでしょうか。最終巻に関しては私の理解力が足りないせいか「?」な部分もあったので(汗)、ちゃんと読み返さないといい加減なことは言えませんが。(解釈が間違っていたらすみません)


 しかし、調べ出すと「歴史上のあの人物も秦氏だ」「この人物も秦氏だ」「この技術を持ち込んだのも秦氏だ」「これをやったのも秦氏だ」というのがわんさか出てきて、もう何が本当で何が嘘やら……。ネットの情報ですし、話半分に受け流しつつ、こういう古代の歴史ミステリーは様々な説や解釈があるから面白いといえますね。図書館で書籍の資料もちらっと読んだりしたのですが、「秦」は単なる「ハタ」への当て字で、特に意味はないという説も。(でもやっぱりあくまで「説」の一つ)

 祖先は渡来人と言われている伊賀の服部氏。『忍者の教科書 新萬川集海』によると、
 服部は「はとりべ」「はたおりべ」といい、古代に機織りの技能を伝えた渡来人だと考えられます。やがて「部(べ)」の部分が消え、転じて「はっとり」となりました。
 とのこと。それを考えると「機(はた)織り」の技術を伝えたとされる秦氏の末裔が服部(はたおりべ)、という説があるのもわかる気がします。ただしこれについては否定されている文献もあるらしいので、やはり「説」の一つに過ぎませんが。
 秦氏ではなく司馬遷の『史記』に書かれている徐福の話ですが、上記に通ずる部分で、作家の米村圭伍先生の見解が興味深かったです。

 徐福渡来の地とされる場所は、北は青森から南は鹿児島まで二十ヶ所以上も存在します。(中略)
 なにゆえ二十人を超す徐福が我が国に渡来したことになっているのか。その答えはこのように考えられるのではないでしょうか。わが国には朝廷に招かれた帰化人とは別に幾多の渡来人が漂着、もしくは新天地を求めて来訪し、水稲栽培にはじまる農業技術や冶金、金属加工、養蚕、製織といった革新的な技術をもたらしたのだ、と。
 そして、古代日本の各地に忽然と現れた言葉の通じない人々が、東方海上の蓬莱山をめざして船出した徐福が戻らなかったという『史記』の記述と合致することから、「彼こそが徐福だったのだ」と語り伝えられるようになったのでしょう。
(※『おたから蜜姫』より)

 あくまで小説内の記述ですし、研究者ではない一作家の方の見解ですから、史実資料としての根拠が強いわけではありませんが、考え方は面白いなというか、なるほどなと納得。二十人以上もいればその中に「御色多由也」と呼ばれた人もいたかもしれません。そんな浪漫。そもそも『史記』の徐福その人が日本に来たかどうかもわからないという。
 渡来人の各氏の系統について様々な説があるのはそういう理由もあるような気もします――と、このド素人は軽率に思ってしまったわけです。真実は一つだけでなく、実は全部正解なのかもしれない。公的な記録に残らないものもある。それだけに民間の伝承や稗史も重要ということですね。だから歴史ミステリーは人を惹き付けて止まないのだなぁ――と、このド素人は軽率に思ってしまったわけです。


 話はややぶっ飛びますが、『平成講釈 安倍晴明伝』の第八席「夢枕獏秀斎スルタンの国にていよいよ物語が佳境に入りしことを宣言すること」(長い!)にて、夢枕獏秀斎さんはこのように語られております。

 実は我が安倍晴明公ゆかりの紋様もまた、こちらのイスラム文化の中にあるのでございます。
 一般的にいうところの、
“五芒星形”
 あのマークでございます。
 安倍晴明公の家紋とでも申しましょうか、俗に晴明紋とか、晴明桔梗とか呼ばれているものでございますね。
 ユダヤ教で言うダビデの星、六芒星形などは、もっと古くからあり、これまた古い神秘のシンボルでございます。
 安倍晴明公のことに思いを馳せる時、そこから、どこか、シルクロードの彼方の異国の香りが漂ってくるのは、そういうことがあるからでしょうか。
 ともあれ、この夢枕獏秀斎、異教の寺院を見物している最中に、天井の紋様などにこの“[五芒星]”マーク、晴明紋を発見しては、この物語に思いをおよばせていたりしていたのでございます。


 魔除けの印で有名な「セーマン(五芒星)」「ドーマン(九字紋)」は「晴明」と「道満」から来ていると言われていますが、今昔物語や講談『安倍晴明』をはじめとする多くの“晴明もの”の物語では、よく安倍晴明と蘆屋道満はライバルとして描かれていますよね。(そして道満は悪役という……)
 安倍晴明は“五芒星”を使い、ライバルの蘆屋道満の秦道満は“六芒星”と関わりがある(という説がある)のは、運命的な何かを感じるというか、深い意味が隠されているのかなと思ったりなんだり。五芒星を使うから安倍晴明にも「秦氏説」があったりするみたいです。(例によってここまで来ると何がホントがウソか……となってくるので、話半分に)


 歴史研究家でもなければ評論家でもありませんので、「ふーん、こういう話もあるんだね」と思ったことをただ書き連ねただけです。偉そうに講釈垂れるつもりは微塵もありませんというか、上記までの内容を見ていただければわかるように、明らかに講釈の「コ」の字もなければ何ひとつ実のある話をしていませんしできません。……お前ただの趣味で雑記場とはいえ仮にも物書きの端くれなんだから書くにしてももっと中身をだな。
 もともとカスみたいな基礎知識しかないので、あっちこっちで言われていること、書かれていることを目にしては何でもかんでも「へぇ」「へぇ」と、受け入れてしまうというか頷いてしまうというか(ある程度の「好み」の基準はありつつも)「そういう説もあるんだ」ぐらいに思ってしまうあたりが、私の軽率で頭の悪いところでございます。……「頭カラッポの方が夢詰め込める」って本当デスネ。(←前向きな表現で誤魔化すんじゃない

 改めまして、このグダグダ語りにここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。……本当に、ありがとうございました。(土下座) いつもことですがこれといった中身がなくてすみません。
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【2015/07/02 (木) 00:00】 | オリエンタルブルー 青の天外
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【青の天外】キバ王と鬼の一族について メモ
果物【管理人】
 『天外魔境ZIRIA』クリアしました!!
 現在は小説『天外魔境』を読んでいます。ゲームをクリアしたら読もうと思ってずっと置いていたものですが、ゲームとはストーリーが全然違うんですね。でもジパングについての情勢とか設定とか歴史とか、ゲームでは描き切れなかったことがたくさん詰め込まれているようで、ひたすら世界観の奥深さを感じます。これだけのもの、容量的な問題以前に主人公の視点だけで進んでいく「ゲーム」という媒体には、とても詰め込めなかったでしょうね……。
 小説版と合わせながら、プレイ記書こうかと思います。


 さて、『青の天外』の鬼の一族の歴史について。
 考えかけたけど全然まとまらなかったので諦めたブツ。いつかちゃんとまとめて書き直すかもしれないですし、このままかもしれません。(汗)
 あくまで考えてみた過程を忘れないようにするためのただの「メモ」です。文章に脈絡がないので、いつも以上に読みにくいと思います。ネタとして。
 なにやら必要以上にえげつないことを過ぎらせたりもしているのですが、私もまだ思考の段階で、大部分が自分でも「違うだろうなぁ」「これはないだろうなぁ」とか思いながら書いているものですので、あしからず……と、卑怯な逃げ腰体勢でお送りいたします。(土下座)



「「鬼のツノ」は むかし 鬼いちぞくの王 キバ王さまが
青い目のいちぞくから さずかった ものだそうです
青い目のいちぞくって・・・ いったい なにものなんでしょうね?」

 鬼のツノは青の宝で、青の一族から譲渡されたもの。
 この言い方では微妙なところですが、この鬼は「青い目のいちぞく=青の一族」とわかっていない? 一族の中でこのあたりの歴史がうまく伝わっていないというか、今となっては伝承する力もなくなってしまったということでしょうか。だったら切ない。

 一方で天下丸は「青の一族め!」と言って果心居士につっかかりますし、鬼の一族と青の一族の戦争のことを語っていますね。ちゃんと鬼の一族の歴史を知っている。天下丸ってああ見えて勉強家というか、情報収集の能力はかなり高いという印象を抱いています。
 天下丸は鬼のツノがかつて「青い目の一族から授かったもの=青の宝」ということは、知っていたのでしょうか。(ついでにキバ王とリレイが恋仲だったことも知っていたのか、ちょっと気になります。そのへんは彼には興味がなさそうなので知らないかもしれないですね)

 鬼のツノはやっぱり、青の一族との和睦の証なのでしょうか。「キバ王のよろい」もそう? 逆に、キバ王から譲渡された鎧を青の一族が「宝」として扱ったとも考えられる?
 「青き宝は ひとをみちびく 青き宝は ひとをかえる・・・」というのが、なんだか意味深で気になっていたりします。



 鬼の一族が衰退した原因は「鬼のツノ」を奪われたことそのものよりも、物凄いカリスマを持っていた(であろう)キバ王を失ったことの方が大きい?
 とはいえ、キバ王が亡くなった直後は仇を討とうとか、鬼のツノを取り戻そうとか行動を起こした鬼は大勢いたはず。その度に返り討ちにあって、だんだんと抵抗する力を削がれて、今日の衰退までに至ったのか。
 それともモウトク将軍がキバ王を殺害したと同時に、混乱に乗じて鬼の一族を完膚なきまでに叩きのめしたのか。

「鬼のいちぞくを たいじしたのは モウケンのやつじゃ ないんだ
ホントは せんぞのモウトク将軍さまが 鬼の王をたおして たいじしたんだ
モウトクさまは 鬼が あばれないように 鬼の宝の「鬼のツノ」を うばったんだ」

 なぜにモウトク将軍はキバ王を殺害したのか。
 手掛かりになりそうな台詞は↑ですが、一部伝聞に偏りがあって、実際は鬼のツノは「鬼を眠らせてかすめ取った」らしい。民衆、ましてや将軍配下にはモウトク将軍の武勇伝的内容に書き換えられて伝わるのは、よくあることといえばよくあること。(汗)

 ……そしてコレ、よく見たら「鬼の王を退治した」ではなく「鬼の一族を退治した」とありますね。
 この時はキバ王一人がやられたわけではなく、鬼の一族全体が完膚無きに叩きのめされたということでしょうか。正面から戦うと人間は鬼には敵いませんから、騙し討ちで王を殺して、力の源である鬼のツノを奪って、混乱に乗じて奇襲をかけたとか。
 報復を防ぐ必要もあったでしょうし、その奥には何か陰謀が……と、さっきから私はなんてこと考えてるんだうあああ……。なんか猛烈にスミマセン。(滝汗)

 鬼の一族が力を失ったのは「キバ王と鬼のツノを失った」ことだけが直接原因ではなく、この時に人間に抵抗する力も心も大きく削がれて(相当数を減らしたか)、衰退の一途を辿ったと。
 もしそうだとしたら、この事件は「モウトク将軍がキバ王を暗殺した」だけではなく、その後に軍を率いて天鬼山に乗り込んだ……という大きな騒乱になりますね。

 とすると、ますますなぜこの行為に及んだのか、謎が深まるのですが。……しかし当時の情勢については、ゲームの中で得られる情報が一切ないので、どうしようもないのが悲しいところ。
 人間側視点ではありますが「鬼が あばれないように」(鬼=凶暴という認識)とあるあたり、当時は人間族と鬼族の間で何かトラブルがあったのでしょうか。



 そして、これだけのことをしたのなら天帝の耳にも入ってそうですが。仮に鬼の一族と人間族の間に何かしらトラブルが起こったとしても、だからといって天帝が鬼の一族を攻め滅ぼせなんて命ずるはずはないので、これはモウトク将軍の独断の行為だった? ……私がそう思いたいだけかもしれませんが。(汗)
 個人的だったかどうかはわかりませんが、モウトク将軍の独断の行動に、天帝はどういう始末をつけたのか。ただ、彼の子孫のモウケンの代にまで将軍職が受け継がれているということは、当時の将軍もそう厳しくは罰せられなかった可能性が高いか……そもそも「罰せられた」のか。

 天帝でも簡単にどうこうできないほど、当時はモウトク将軍の力が大きかったということでしょうか。
 現在のモウケン将軍の人望のなさが目立っているのでわかりにくいですが、「将軍」というのは思ったよりも強い権威なのかもしれない(過去二つの大きな戦争の時にこの「将軍」が活躍したのなら尚更)。実際に大都の町を一つ支配できる権限を与えられており、大都の兵士は皆将軍の配下のようです(大都門番やタイキョクの兵士も将軍配下。恐らく天帝宮の兵士も?)。天帝の軍事力全般(ニンジャは別として)を司っているのだとしたら、あっさり切り捨てられない?
 現在でも、天帝宮は将軍と距離を置きつつはあるも、いまだにモウケン将軍の横暴をのさばらせているのは「将軍」の力の強さもあるのか。

 あまり関係はないですが、小説版『天外魔境』ではジパングは大和地方と坂東地方に勢力が二分されていて、大和地方を「タイクーン」が、坂東地方を「ショーグン」が治めているよう。
 いずれジパングを統一し覇権を握ろうと、「タイクーン」と「ショーグン」は対立しているらしい。
 ……いや、だからって青の天外には関係ないと思いますが。多分。うん。(汗)

 天下丸が果心居士に向かって「青き目のいちぞくは オレたち 鬼のいちぞくの てきだ!!」と言ってたのは、もしかして大昔の戦争のことからだけではなく、この時のこと(モウトク将軍の行為を黙認した)を指していたのだとしたらエグイものを感じますが。……考え過ぎですね。(汗)



 そしてこれは、いつごろあった事件なんでしょうか。
 モウトク将軍は「モウケン将軍の先祖」という大変曖昧な表現にとどまっているので、いったいどれくらい前の先祖なのやら。でも「先祖」と言うからには父や祖父ではない、もっと前の代の人なんだという印象を抱きますが。(少なくとも百年以上は前?)

「おまえのような 鬼がまだいるとは 鬼の王 キバ王も よろこぶじゃろう」

 解釈は微妙なところですが、果心居士は生前のキバ王を知っている可能性が高い模様。するとこれは五百年以内のこと……と、それだけでは幅が広すぎてあまり参考にはなりませんが。
 なんとなく、果心居士はキバ王が殺された後、鬼の一族が衰退していった姿を見てきたんだろうな、という印象を抱いています。だから自分につっかかってきた天下丸の姿を見て、嬉しくなった。
 その後の「キバ王さまは・・・ にんげんに ころされた」「ウム・・・だが・・・」の「ウム・・・」にどんな感情が込められていたのか、そのあたりが非常に気になりつつも、水月の襲来があったので残念ながら「それどころではない」と。

「キバ王は にんげんの だましうちにあって ころされてしまった
そのとき リレイさまは どんなきもちだったのでしょうね・・・」

 ストレートに受け取るとキバ王死亡時にはリレイは生存していたということになりますが、この村人は「リレイは精霊となって今でも村を見守っている」を前提に話しているので、この時点でのリレイの(肉体的な)生死の参考にはならない……とも取れます。
 とはいえどっちにも取れるので、もう個人個人の解釈次第としか言いようがないですが。(汗)

 リレイが生きていたとしたら、赤き目の一族との戦争が終結して間もない頃で、天帝も将軍も鬼の一族も被害の収拾や復興でそれどころではなく、この時期に事件があったとするのは無理があるような気もしますが…………むしろこの混乱の中で起こったことだから、全体的に有耶無耶になってしまったのか。いやいや。うーむ。(混乱)
 でもキバ王が人間の村を守ったという事実がある上で、こういうことが起こってしまったとしたら切ないものがありますし、やはりモウトク将軍はこの時代の人物ではない?



 公式の明確な情報が少なすぎて、どのようにも取れる(というか不明点が多すぎる)ので、考察らしい考察はできないです。
 始めからこうなることはある程度わかっておきながら手を出しておいてアレですが、文章に全然まとまりがなくてすみません。(土下座)

 全ての謎は「モウトク将軍がなぜ鬼の一族を退治したのか」というところにかかってきていると思います。ここがわからないと、何もわからないという。
 モウトク将軍の名前のモデルは、三国志で有名な「曹操孟徳」からでしょうか。とすると、そこからだけでも設定された人物像に濃いものを感じてしまいますが、全ては謎の中……。幻の続編に登場する予定だったりしたのかも。


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【青の天外】キバ王と鬼の一族について メモ
 『天外魔境ZIRIA』クリアしました!!
 現在は小説『天外魔境』を読んでいます。ゲームをクリアしたら読もうと思ってずっと置いていたものですが、ゲームとはストーリーが全然違うんですね。でもジパングについての情勢とか設定とか歴史とか、ゲームでは描き切れなかったことがたくさん詰め込まれているようで、ひたすら世界観の奥深さを感じます。これだけのもの、容量的な問題以前に主人公の視点だけで進んでいく「ゲーム」という媒体には、とても詰め込めなかったでしょうね……。
 小説版と合わせながら、プレイ記書こうかと思います。


 さて、『青の天外』の鬼の一族の歴史について。
 考えかけたけど全然まとまらなかったので諦めたブツ。いつかちゃんとまとめて書き直すかもしれないですし、このままかもしれません。(汗)
 あくまで考えてみた過程を忘れないようにするためのただの「メモ」です。文章に脈絡がないので、いつも以上に読みにくいと思います。ネタとして。
 なにやら必要以上にえげつないことを過ぎらせたりもしているのですが、私もまだ思考の段階で、大部分が自分でも「違うだろうなぁ」「これはないだろうなぁ」とか思いながら書いているものですので、あしからず……と、卑怯な逃げ腰体勢でお送りいたします。(土下座)



「「鬼のツノ」は むかし 鬼いちぞくの王 キバ王さまが
青い目のいちぞくから さずかった ものだそうです
青い目のいちぞくって・・・ いったい なにものなんでしょうね?」

 鬼のツノは青の宝で、青の一族から譲渡されたもの。
 この言い方では微妙なところですが、この鬼は「青い目のいちぞく=青の一族」とわかっていない? 一族の中でこのあたりの歴史がうまく伝わっていないというか、今となっては伝承する力もなくなってしまったということでしょうか。だったら切ない。

 一方で天下丸は「青の一族め!」と言って果心居士につっかかりますし、鬼の一族と青の一族の戦争のことを語っていますね。ちゃんと鬼の一族の歴史を知っている。天下丸ってああ見えて勉強家というか、情報収集の能力はかなり高いという印象を抱いています。
 天下丸は鬼のツノがかつて「青い目の一族から授かったもの=青の宝」ということは、知っていたのでしょうか。(ついでにキバ王とリレイが恋仲だったことも知っていたのか、ちょっと気になります。そのへんは彼には興味がなさそうなので知らないかもしれないですね)

 鬼のツノはやっぱり、青の一族との和睦の証なのでしょうか。「キバ王のよろい」もそう? 逆に、キバ王から譲渡された鎧を青の一族が「宝」として扱ったとも考えられる?
 「青き宝は ひとをみちびく 青き宝は ひとをかえる・・・」というのが、なんだか意味深で気になっていたりします。



 鬼の一族が衰退した原因は「鬼のツノ」を奪われたことそのものよりも、物凄いカリスマを持っていた(であろう)キバ王を失ったことの方が大きい?
 とはいえ、キバ王が亡くなった直後は仇を討とうとか、鬼のツノを取り戻そうとか行動を起こした鬼は大勢いたはず。その度に返り討ちにあって、だんだんと抵抗する力を削がれて、今日の衰退までに至ったのか。
 それともモウトク将軍がキバ王を殺害したと同時に、混乱に乗じて鬼の一族を完膚なきまでに叩きのめしたのか。

「鬼のいちぞくを たいじしたのは モウケンのやつじゃ ないんだ
ホントは せんぞのモウトク将軍さまが 鬼の王をたおして たいじしたんだ
モウトクさまは 鬼が あばれないように 鬼の宝の「鬼のツノ」を うばったんだ」

 なぜにモウトク将軍はキバ王を殺害したのか。
 手掛かりになりそうな台詞は↑ですが、一部伝聞に偏りがあって、実際は鬼のツノは「鬼を眠らせてかすめ取った」らしい。民衆、ましてや将軍配下にはモウトク将軍の武勇伝的内容に書き換えられて伝わるのは、よくあることといえばよくあること。(汗)

 ……そしてコレ、よく見たら「鬼の王を退治した」ではなく「鬼の一族を退治した」とありますね。
 この時はキバ王一人がやられたわけではなく、鬼の一族全体が完膚無きに叩きのめされたということでしょうか。正面から戦うと人間は鬼には敵いませんから、騙し討ちで王を殺して、力の源である鬼のツノを奪って、混乱に乗じて奇襲をかけたとか。
 報復を防ぐ必要もあったでしょうし、その奥には何か陰謀が……と、さっきから私はなんてこと考えてるんだうあああ……。なんか猛烈にスミマセン。(滝汗)

 鬼の一族が力を失ったのは「キバ王と鬼のツノを失った」ことだけが直接原因ではなく、この時に人間に抵抗する力も心も大きく削がれて(相当数を減らしたか)、衰退の一途を辿ったと。
 もしそうだとしたら、この事件は「モウトク将軍がキバ王を暗殺した」だけではなく、その後に軍を率いて天鬼山に乗り込んだ……という大きな騒乱になりますね。

 とすると、ますますなぜこの行為に及んだのか、謎が深まるのですが。……しかし当時の情勢については、ゲームの中で得られる情報が一切ないので、どうしようもないのが悲しいところ。
 人間側視点ではありますが「鬼が あばれないように」(鬼=凶暴という認識)とあるあたり、当時は人間族と鬼族の間で何かトラブルがあったのでしょうか。



 そして、これだけのことをしたのなら天帝の耳にも入ってそうですが。仮に鬼の一族と人間族の間に何かしらトラブルが起こったとしても、だからといって天帝が鬼の一族を攻め滅ぼせなんて命ずるはずはないので、これはモウトク将軍の独断の行為だった? ……私がそう思いたいだけかもしれませんが。(汗)
 個人的だったかどうかはわかりませんが、モウトク将軍の独断の行動に、天帝はどういう始末をつけたのか。ただ、彼の子孫のモウケンの代にまで将軍職が受け継がれているということは、当時の将軍もそう厳しくは罰せられなかった可能性が高いか……そもそも「罰せられた」のか。

 天帝でも簡単にどうこうできないほど、当時はモウトク将軍の力が大きかったということでしょうか。
 現在のモウケン将軍の人望のなさが目立っているのでわかりにくいですが、「将軍」というのは思ったよりも強い権威なのかもしれない(過去二つの大きな戦争の時にこの「将軍」が活躍したのなら尚更)。実際に大都の町を一つ支配できる権限を与えられており、大都の兵士は皆将軍の配下のようです(大都門番やタイキョクの兵士も将軍配下。恐らく天帝宮の兵士も?)。天帝の軍事力全般(ニンジャは別として)を司っているのだとしたら、あっさり切り捨てられない?
 現在でも、天帝宮は将軍と距離を置きつつはあるも、いまだにモウケン将軍の横暴をのさばらせているのは「将軍」の力の強さもあるのか。

 あまり関係はないですが、小説版『天外魔境』ではジパングは大和地方と坂東地方に勢力が二分されていて、大和地方を「タイクーン」が、坂東地方を「ショーグン」が治めているよう。
 いずれジパングを統一し覇権を握ろうと、「タイクーン」と「ショーグン」は対立しているらしい。
 ……いや、だからって青の天外には関係ないと思いますが。多分。うん。(汗)

 天下丸が果心居士に向かって「青き目のいちぞくは オレたち 鬼のいちぞくの てきだ!!」と言ってたのは、もしかして大昔の戦争のことからだけではなく、この時のこと(モウトク将軍の行為を黙認した)を指していたのだとしたらエグイものを感じますが。……考え過ぎですね。(汗)



 そしてこれは、いつごろあった事件なんでしょうか。
 モウトク将軍は「モウケン将軍の先祖」という大変曖昧な表現にとどまっているので、いったいどれくらい前の先祖なのやら。でも「先祖」と言うからには父や祖父ではない、もっと前の代の人なんだという印象を抱きますが。(少なくとも百年以上は前?)

「おまえのような 鬼がまだいるとは 鬼の王 キバ王も よろこぶじゃろう」

 解釈は微妙なところですが、果心居士は生前のキバ王を知っている可能性が高い模様。するとこれは五百年以内のこと……と、それだけでは幅が広すぎてあまり参考にはなりませんが。
 なんとなく、果心居士はキバ王が殺された後、鬼の一族が衰退していった姿を見てきたんだろうな、という印象を抱いています。だから自分につっかかってきた天下丸の姿を見て、嬉しくなった。
 その後の「キバ王さまは・・・ にんげんに ころされた」「ウム・・・だが・・・」の「ウム・・・」にどんな感情が込められていたのか、そのあたりが非常に気になりつつも、水月の襲来があったので残念ながら「それどころではない」と。

「キバ王は にんげんの だましうちにあって ころされてしまった
そのとき リレイさまは どんなきもちだったのでしょうね・・・」

 ストレートに受け取るとキバ王死亡時にはリレイは生存していたということになりますが、この村人は「リレイは精霊となって今でも村を見守っている」を前提に話しているので、この時点でのリレイの(肉体的な)生死の参考にはならない……とも取れます。
 とはいえどっちにも取れるので、もう個人個人の解釈次第としか言いようがないですが。(汗)

 リレイが生きていたとしたら、赤き目の一族との戦争が終結して間もない頃で、天帝も将軍も鬼の一族も被害の収拾や復興でそれどころではなく、この時期に事件があったとするのは無理があるような気もしますが…………むしろこの混乱の中で起こったことだから、全体的に有耶無耶になってしまったのか。いやいや。うーむ。(混乱)
 でもキバ王が人間の村を守ったという事実がある上で、こういうことが起こってしまったとしたら切ないものがありますし、やはりモウトク将軍はこの時代の人物ではない?



 公式の明確な情報が少なすぎて、どのようにも取れる(というか不明点が多すぎる)ので、考察らしい考察はできないです。
 始めからこうなることはある程度わかっておきながら手を出しておいてアレですが、文章に全然まとまりがなくてすみません。(土下座)

 全ての謎は「モウトク将軍がなぜ鬼の一族を退治したのか」というところにかかってきていると思います。ここがわからないと、何もわからないという。
 モウトク将軍の名前のモデルは、三国志で有名な「曹操孟徳」からでしょうか。とすると、そこからだけでも設定された人物像に濃いものを感じてしまいますが、全ては謎の中……。幻の続編に登場する予定だったりしたのかも。
2015/07/04(土) 22:42 |   | 果物【管理人】 #534aab0d96[編集]
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