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雑多な語り場。所謂「オタク」「同人」「二次創作」と呼ばれる要素全開かつ超ミーハーなので、そういったものが苦手な方は御注意を。更新は月2~3回程度ののんびりペースです。
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【2017/10/19 (木) 07:08】 |
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【青の天外】08月20日の記事テーマからあまりに明後日の方向に吹っ飛び過ぎてしまったため、分離した話【メモ】
果物【管理人】
※08月20日の記事から派生したものなので、先にそちらを読まれてからの方がよろしいかと思います。あまりに吹っ飛び過ぎていて、 「 色 々 な 意 味 で 」 伝わる方が非常~~~~~に狭い内容となっておりますので、ご注意ください。※





 わかな姫の性質ってちょっときりと似てるなぁと。一方は空気読める無口だし、一方は空気読めなくてどこへ行っても「やかましい」「鬱陶しい」と言われてるから性格的には正反対だけど(笑)、「相手の本質を本能的に見抜き、思ったことを飾らずハッキリと言う。同時に、相手にも飾ることを求めず、本音を引き出してしまう」という性質が似てる気がします。鋼メンタルなところも、かも。
 メンタル弱くて優しすぎて人の目を気にし過ぎる秀次が、立場も関係なく裏表なく自分に向き合ってくれるきりを必要としていたのを見て、水月にとっても自分の「ありのまま」に戻れるわかな姫という存在は心の支えだったのかなと。だからこそ、同じく立場的になかなか本音を出せない天帝に、心の支えとしてわかな姫を献上したのかも。

「マ法院が あらわれたときから すべてが はじまったんだ
天帝は 水月さまを とおざけ わかな姫さまも いなくなり
水月さまは こころを いためられ 天帝宮にも のぼられなくなったのです」

「でも 天帝は わかな姫さまを さがすようには めいじなかったの
水月さまは とても かなしまれて カツラのおやしきに ひきこもられたわ」

 水月と天帝にとって共通の「大切な存在」であったから、天帝による彼女の封印という事態にはマ法院の関係で「不信」を抱いていた水月にトドメを刺したのか……。ショックで自宅に引き籠ってしまうほど。(汗)
 でも天帝にとってわかな姫は間違いなく「大切な女性」で、天帝の剣を巡る攻防に巻き込みたくなんかなかったろうしいっそ水月のそばに返してやりたかったろうけど、同時にわかな姫は「最も信頼できる女性」であったから、「いのちをかけて」天帝の剣と遺言を託し、わかな姫も単に従順じゃなくて天帝から託されることを彼女自身も願ったのではないかなと。天帝の剣が自分の中にあることを黙っていたのは、彼女自身の意思のように思えますし。

 そこからのわかな姫破壊は、二重三重の意味で水月を「自分の落ち度だ」と責めさせることとなってしまって、何と言いますか……三人とも互いが互いを思い合うあまりに、望まぬ結果になってしまう擦れ違いが……まさに『オリエンタルブルー』だなと……。物理的にも精神的にも傷ついてしまっても、手遅れになる前に「おもいやり」がちゃんと伝わったのは、救いではあったけど。


 わかな姫の性質がきりタイプだとしたら、何となくかぐらの性質って源次郎タイプに近い気がします。もちろんこちらも「性格が」ではなく、あくまで「性質が」ですが。
 明るくて愛嬌があって人懐っこくて賢くて器用で人から好かれやすいけど、好き嫌いがハッキリしていて、「好き」と思った相手には心から献身的に尽くすけど、「嫌い」と思った相手にはおべっかも使えない。キッパリハッキリとしている分、陰湿さはないですが。

 あと、“他意なく”相手によって態度が変えられる、環境に適応してその“場”に自然に乗れてゆく。「なにものにもなれるし、なれない」柔軟な、といいますか「白い布」のような性質でしょうか。打算的な「世渡り上手」というのではなく、でも流されるではなくちゃんと「自分の意思」を以て、その“場”に自分を沿わせることができる。良くも悪くも、なんですが。
 かぐらは「なにものにもなれるし、なれない」が恐らく巫女としての使命(宿命)だからそれが完成形だけど(というより、かぐらの「なにもの」は「巫女であること」でしょうか?)、源次郎は生きている間に出会う人々の『思い』や『言葉』を真っ直ぐに受け取って飲み込んで、「なにもの」かに帰結していくのかなぁ、と今は感じています。
 ……このあたり、言葉としてちゃんと整理できてなくてごめんなさい。そもそもかぐら、源次郎の性質についての見解が間違っているかもしれないので、その場合生あたたかーーくツッコんでいただければ幸いです。(土下座)
 無意識の「ペルソナ」? というのですか。だから源次郎はきりに「もっと素直になれー!!」と言われる。きりは人のペルソナをバリッバリ剥がしていく性質なんで、それで心が救われる人(秀次)もいれば、別に何ともない人もいるし、源次郎は無意識だからピンと来てないのでは、という印象。(でも剥がされたくないから本能的に彼女を避けたがる傾向)

 そう思うと、かぐらのわかな姫に対する「あいかわらず はなしの みえない子ね・・・」がじわじわきます(笑)。決して嫌いなわけでも仲悪いわけでもないけど(むしろ仲はいい)、微妙に通じないあたりが源次郎ときりのそれっぽい。
 ただ、わかな姫の台詞に対して「話が見えない」はプレイヤーも感じてることなので、かぐらが「ものわかりがわるい」わけではないんですよ、水月さん!!(笑)


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『丸』第31回の最強矛矛決戦が「仮面ライダーvs ニ ン ジ ャ マ ス タ ー 」とか称されていて、別の意味で心がザワめいた全視聴者の中でただ一人だという自信がある果物ですこんにちは。
 出浦様は毎度卒倒するほどカッコいいですが、私の中で「ニンジャマスター」という呼称は諸々の理由でどうしてもヘタレの印象がつきまとってしまうものですから、出浦様がお使いになるにはあまりにも勿体な(殴) ……ゲフンゴフンすみません。そんな(←どんな?)マスタさんが大好きです。

 茶菓菜屋より7月20日、8月7日、11日、12日、16日にweb拍手、7月17日と8月2日の記事拍手、ありがとうございました。

 御礼遅くなって、申し訳ございませんでした。こんな不定期に好き勝手趣味語りまくるだけのブログなのに、ちょくちょく拍手いただいて嬉しく思います。それに対して、ここのところロクに内容のある記事書いてないのが申し訳ないです。(汗)
 なので、今回は久々の青天考察(+ネタ)。相変わらず誰得感満載なので「内容がある」かはわかりませんが。(いつものことですね……)




【テツジンは、こわい。(確信)】

 『シン・ゴジラ』観てきました。私は「ゴジラ」って名前くらいしか知らないレベルなんですけど、『丸』の感想ツイッター巡ってたら、あちこちでめちゃくちゃ薦められるもので……。(「凄い」「ヤバい」「面白い」等という話をいっぱい目にするという意味で)
 方々で「ゴジラ知らなくても、怪獣映画興味なくても、全然問題ないから! とりあえず観てみて!」言われてるので思いきって突撃してみたら、予想を上回る――というか、斜め上に突き抜け爆発四散する衝撃で色々凄かったです……。もう、色々色々色々凄すぎて、映画の間中、ずーーーーっと顔がこんな→ (゜□゜) 状態で固定されっぱなしだったので、終了後に顔面(特に眉間と顎)が筋肉痛でした。本当に。瞬きも忘れていて、目がシバッシバ。

 ネタバレなし感想だと「どう説明したらいいのかわからんけど、とくにかく「凄い」」としか言いようがないのですが、ネタバレあり感想でも「どう説明したらいいのかわからんけど、とくにかく「凄い」」としか言えないような気がする、語彙消失レベルの衝撃でした。
 近々、2回目観に行きます。初回は衝撃に次ぐ衝撃に振り回されっぱなしで、自分内情報処理が追いつかないまま気がついたらフルボッコでKOされてる感じだったので、2回目はもうちょっと落ち着いて観れると思います。やっぱり最後にはKOされてるでしょうが。


 ――――で、何故いきなりゴジラの話をするのかというと、これ観たおかげで、

「あのテツジンが じゆうに うごきだしたら 世界は おわりよ!」

「かつて かのテツジンは 世界のはんぶんを やきつくし
このほしにすむ おおくのものの いのちを うばいさったのだ・・・」


 という、絶望感がよーーーーっくわかったからです。(笑)
 あの、火の七日間なゴジラ見た時の私の「……終わりや。」の気分。あの世界の当事者たちはその何百倍何千倍の「……終わりや。」に違いない。夢枕獏先生が言っておられた「ゴジラ=災害」というのが本当によくわかりました。もう、あんなん見せつけられたら、人間の力ではどうしようもない。(でも、生きるためにはどうにかしなきゃいけない)
 テツジン復活で大いに取り乱すニンジャマスターのことヘタレヘタレってからかってたけど、ごめんマスタさん。あんなの見たら誰だって大いに取り乱す。そりゃ「ああ もうおしまいです! あんなものが でてくるなんて!」となる。私もあのシーンではその台詞が(頭の中で)出てきた。(真顔)

 こちらで比較したように、通常はジュウベエよりも穏やかで落ち着いた性格だと思われるマスタさん。彼がここまで絶望するのは、もしかしたら「大都がヤミに沈み、テツジンが現れ、一撃で山を吹っ飛ばす」様を目撃していた可能性も。
 青の城から見えてたってことは、テンシンやシャンハイくらいの半径距離なら見えるはず。主人公がマ法院との決戦のために大都に乗り込んだのを知っているわけだから、情報収集したりいざとなったらいつでも動けるよう近くで待機していたのかもしれないし。
 ともかく「ひとびとのこころを ヤミに おとしいれる このテツジン!」効果の絶大さに、涙目で納得です。これはもうダークオーブのエネルギー貯まる貯まる。

 あと、そういうこともあり(※『シン・ゴジラ』重大なネタバレなため反転)凍結されて動かなくなったゴジラ見て、天帝の霊に足止めされたテツジン思い出しました。というより、今思うと「しかし テツジンのエネルギーである ダークオーブは はかいできず・・・ 地のそこ ふかくに しずめ ふういんするに とどまった・・・」の方が感覚近いですかね。これからまたいつ動き出すかもわからない「災害」と共生していかなければならない。青の大地もダークオーブと共生せざるを得ない。だから大都を置き天帝を置きその封印の継続に務めた。青の大地には勇者がいるけど、日本(あの世界)はあれからどうしていくんだろうな……。ダークオーブは隠し通せたけど、ゴジラは隠せない。/ゴジラは意思疎通できず悪意もない「災害」(人災……なのかなやっぱり)でしたが、テツジンは意思疎通ができる赤き目の一族の悪意を以て動かされてるんだよなぁ――などと思うと、この場合「恐ろしい」と思うのはやはり後者なのですかね……。




【古代兵器大きさ比較 マジン編】

 テツジンは怖い。そこで気になったのが実際、テツジンはどのくらいの大きさなのか? ということで。
 2Dのドット絵ゲームだと、視覚的にわかりやすくするための誇張やデフォルメがかかっているので、建物やアイテムの正確なサイズはほとんどわからないのですが。……設定資料集ください。(これまで幾度となく呟いた願望)
 一応、テツジンはマジン・ダーマと比較ができるので、ゲーム画面上(テツジンに突撃シーン)の比率が正しいとしたら、おおよその大きさがわかるかもしれません。


 まず、マジン・ダーマの大きさから考えてみます。
 ダーマは瞳の部分が出入口となっていますが、瞳の直径は「人間が出入りできるサイズ」と見られます。仮に瞳の直径がガラシャやゲドでも楽に入れる(と思われる)2.5mとして、設定画から算出してみると、ざっと15m。東大寺盧舎那仏像(像高)が14.9mらしいので、マジン・ダーマは「奈良の大仏」と同じくらいの大きさかもしれません。

 そう考えると、かなりでかいですねマジン・ダーマ……。そりゃ、召喚する時に相当のスペースが必要なわけだ。
 計算もなにもしてない状態の勝手なイメージでは、6~7mかと思っていました。二階建て家屋くらい。多分、画面上のリクドウ王子と人間とのサイズ差からイメージしてたのかも。ハンゾウを抱えてるシーンで、このくらいかなと。
 でもダーマが15mでリクドウ王子が6~7mだとすると、ラストシーン(プラズマ砲で粉砕)があまりにもイジメなので(汗)、やっぱりフィールド表示のように「ほぼ同じサイズ」と見た方がいいかもしれませんね。だからメディックスも「ゆけ! やつらを そしするのだ!」ダーマに対してけしかけたと思われますし。(フルパワーのマジンに対して勝てるまではいかなくても「阻止」くらいはできると思った)

 そのフィールド表示で比べてみるに、むしろ台座含めたらダーマよりちょっとだけ大きいかもしれないですね。「奈良の大仏」の像高に蓮華座高含めた高さ(約18m)と思えば、こちらは人型で形状的にもイメージがしやすいかと。
 4人パーティーでも「奈良の大仏」級の大男倒そうなんて無謀に思えるのに、ジャッジはこれに一人で挑んだのか……スゴイな。「そこから やってきた おおおとこから ジャッジ みんなを まもろうとした・・・」という証言があるので、ウソではないようです――と、何故かジャッジをフォローしてみる。(笑)

 あと、これでわかるのが、ロクハラの門(及び大都各町の門)は高さ18m、幅13~4mくらいのものが通れるサイズ、ということになりますね。屋根等含めず“門口だけ”でこのサイズ、って可能なのだろうか(鳥居ならそのくらいのサイズは色々ありますが)。スザク門やラショウ門、天帝宮正門はさらに大きいので、モデルとなった実際の朱雀門、羅城門、応天門よりも大きいのかもしれない……。大都半端ない。
 大都のモデルとなったと思われる平安京は東西4.5km・南北5.2kmらしいですが、大都は前庭があり、天帝宮がボコッと出ているので、もうちょっと南北に長いかもしれません。フィールドから見ても長方形です。この規模なら、高さ・幅20mオーバーの門がいくつもあってもおかしくないですね。


 ところでダーマの設定画じっと見てて思ったのが、出入り口(瞳)が結構高い位置にありますよね。正面の目(らしきもの)が窓になっているので、コックピットとの位置関係(出入り口からフラットに続く)を考えると納得ですが、平地の乗り降りはどうしてるんだろう……という素朴な疑問。階段かスロープが出て来るのか、ガイドユニットと同じく「未知との遭遇」形式なのか。

 そういえばヒクウも、ガイドユニットで呼んだ時は「未知との遭遇」形式(←伝わると思うけどそれ以外の呼び方ないんかい……)ですが、上部からの出入りも可能なんですよね。「未知との遭遇」形式だと離着陸の必要がないから、どこからでも乗り込みできるという利点がありますが、もしかしてガイドユニットを使わないと「未知との遭遇」形式の出入りはできない?
 ガイドユニットと同じくヒクウを呼ぶ「テン石」がありますが、テン石は2つ合わせるとリターン(テレポート)、3つ合わせるとフロート(浮遊)になりますよね。テン石にはテレポート(恐らく物質を粒子化して転送する?)や浮遊を司る力があり、テン石がガイドユニットの代わりというより、ガイドユニットが「無限テン石」と考えればいい? ……――と、ここまで語っておいてなんですが、正直かなりどうでもいい話でした……。




【古代兵器大きさ比較 テツジン編】

 話が逸れましたが、このダーマの大きさ(「奈良の大仏」と同じくらいと仮定)に対し、テツジンの大きさを考えてみましょう。
 テツジン突入のシーンを見るに、ダーマはテツジンの頭を吹っ飛ばして侵入してますが、正確には頭部だけでなく、人間で言うと鎖骨のあたり(?)まで吹っ飛ばしてますね。頭部分はダーマよりちょっと小さくて、鎖骨あたりまで吹っ飛ばすと余裕で入れる、と見えます。

 テツジンの体格って人間とは少々違っていそう(頭に対して肩幅が広く、腕が長い印象)なので、どうしても正確にはわかりませんが、とりあえず人体比率の八頭身で計算してみます。
 テツジンの頭部がマジン・ダーマより少し小さい=13mくらいとしたら、身長約104m。なんと茨城県の牛久観音の像高並みです。(参照http://daibutu.net/daibutu.html


 ところが、です。そういえばテツジンって、脚がないよね、と。飛んでくる下半身パーツ見る限り、太腿の途中くらいから下がない。
 とすると、八頭身から二頭身分+αで30mほど引いてみると、約74mに。おや、随分可愛くなりましたね…………などと言うのは、シン・ゴジラ(118.5m)なんて見てきた人間の愚かな戯言です。一撃で山吹っ飛ばすヤツのどこが可愛いのか。呂布見たあと関羽見たら勝てそうとか思っちゃう現象です。(by『百姓貴族』)

 では、74mってどのくらいのものなのかと比較になる大仏探してみました。……いや、別に大仏じゃなくてもいいのですけど、テツジンが人型してるので人型の方がイメージしやすいかなと。
 石川県の加賀大観音、全高73mです。こちらは立像かつ像高+台座まで含めて73mなので、膝上までしかないテツジンと比較するにはイメージし辛いかなぁとは思いますが、頭身が違う(五頭身?)ので、頭の大きさは同じくらいかもしれません。面白いのが、この観音様が抱えている赤ん坊が、「奈良の大仏」と同じくらいの大きさらしいです。(参照http://ameblo.jp/handa-camera/entry-11347008857.html
 あと、少し小さくなりますが、中国の楽山大仏。全高71m。でもこちらは座っている状態で、肩幅や手がかなり大きいので、テツジンとの比較としてイメージしやすいかもしれません。(参照https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%BD%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E4%BB%8F

 以上はあくまで仮説にしか過ぎませんが、ゲーム画面上、このテツジンの大きさに対する大都の大きさ(ヤミの範囲)はかなりデフォルメされていると思われます。
 ただ、この場合シティ・ダンジョン内の主人公とダーマの大きさの関係もデフォルメされているので(カラクム砂丘でダーマを呼んでみるとわかります)、あたりまえですがゲーム画面上では判断ができないということですね。だからこそこういう「想像」が楽しいのですが、やっぱり設定資料集くだs(略)

 ともかく、こんなサイズの敵を相手にしたら、「奈良の大仏」(ダーマ)くらい、簡単にシデの谷まで吹っ飛ばされるかもしれません。当時はどこから飛ばされたかは謎ですが、仮に大都の位置からでも、あそこまで吹っ飛ばせそうな気がします……「世界のはんぶんを やきつくし」たテツジンの戦闘力なら。シデの谷のアレはもう、「隕石堕ちた」級のクレーター。
 しかし、それでも目立った損傷もなく(少なくとも)数百年以上放置されていても、再起動した途端バリバリ元気に動けるマジンも、凄い。さすが対テツジン兵器。


 「ダーマのしんぞう」取り付けた後のテンションの上がり方が可愛いですが、それだけに青の一族に「あれは キケンなヘイキだ ヘイキは あらそいを うむ ヘイキを のこしては ならない」と書き残されるのもわかります。その兵器を作ったのも青の一族自身なのですけども……。
 だから「最後に」「心はなく感情もない」、死ぬために生み出された(=後に残らない)生体兵器・トキが作られてしまったのかな……と過ぎってウウッとなりました。(汗)

「トキさまの いちぞくは このカラホトを まもるために たたかい
ついには いちぞくのすべてが しにたえてしまった かなしいいちぞく
かれら トキさまは 神となり われわれを みまもっているのです
また へいしたちにとっては たたかいの神でもあるのです」


 後に何も(禍根とか脅威とか)を残さないつもりで作った「かなしいものたち」が、信仰という形でカラホトの人々の心にずーっと残り続けているものだから、「なんとも ふしぎなものである」という感想を抱いたのでしょうか。
 青の一族のトキに対する「かなしい」と、カラホトの人々のトキに対する「かなしい」は、微妙に違うかたちのような気がします。悲哀だけじゃなくて、感謝と尊敬が含まれている。深読みし過ぎなんですけど、青の一族は「~のもの“たち”」と呼び、カラホトの人々は「~の“一族”」と呼んでいるあたりに、ほんのりニュアンスの違いを感じます。絶対、深読みし過ぎなんですけど。(遠い目)

 でもこれは「トキを兵器として作った立場」と「トキに命をかけて助けられた立場」の、当たり前に起こり得る認識・感覚の違いに過ぎず、また現状それが深刻な結果にならなかったのは幸いですが。
 この「当たり前に起こり得る認識・感覚の違い」によって、互いに望まないのに深刻な状況に陥ってしまったのが、まさに赤き目の一族との戦争だったのだなぁ……――と、関ヶ原編に突入した『丸』観ててしんみり思う今日この頃です。
「つたえられた いしは ただしく ひきつぐもんだぜ! そうでなきゃ それは オマエのワガママだ!」
 というジャッジ先生の言葉がずーっと頭の中ぐるぐるしてます。遺す方(秀吉)も「正しく」遺せなかった結果、豊臣を崩壊に向かわせているのが、また……。ウウッ。

 「トキの一部がガラの国に逃れた」って、『秀頼・幸村の九州生存説』(他、有名なのでは源義経とか土方歳三とか)に似たものがあるのかも。
 …………それで、島原の乱でキリシタン弾圧に立ち向かった天草四郎って、秀頼の子孫(落胤)説があるんですよね…………うん。いえ。その。だから「何」と言うわけではないですが。深読みし過ぎでした。(汗)




 ――と、いうわけ(?)で、以下は2016年大河を御覧になってない方は8割方、『オリエンタルブルー』をご存じない方は12割方言っていることがわからないと思われる(なので敢えて『丸』と略称表記しています)、完全に私得の遊びです。この2016年という今にしかできない、世界観ガン無視にもほどがあるただのメタネタなので、「いよいよ重症だぞコイツ」と生暖かい目で流してやってください。
 各キャラクターの好みについて超個人的な独断と偏見で妄想しています。苦手な方はご注意ください。どうか皆様は皆様のイメージを大切になさってください。本当に。本当に。

 あと、投稿日が遅れましたが、ネタは第32回放送前に書いています。(関ヶ原編からはまた色々と変移があるかも)
 ちなみにその日はお盆で親戚が実家に集まって宴会でしたが、「私、『丸』だけは絶対外せないから途中から宴会抜けるわ。あと、観終わった後は疲弊した胃と精神を鎮める&余韻に浸るための賢者タイムで消沈してるから、そのまま戻って来ないかもしれない」と宣言し、飲み会抜けて目の当たりにしたものが、「飲み会に付き合わなかったせいでどんどん友達なくしていく冶部」の姿だったため、あまりにいたたまれなくなって放送終了後そっと宴会の席に戻った私です……。


 第32回で、というかその後に見た解説で「冶部が上手くいかなかったのは性格の問題というより立場の低さによるもの」「冶部の権威はバックに秀吉がいたから」とあって思ったのが、水月って単に天帝の「寵愛を受けた」だけじゃなく、ちゃんと社会的地位もあったのだろうかと。公式では「天帝の相談役」とかしか書かれてないので具体的な位置はわかりませんが。
 反マ法院派に「せめて 水月さまが もとの水月さまに もどられれば なんとかなるのだが・・・」と言われてたので、天帝その人が亡くなっても失われない(マ法院とそれに追従する公家たちに対抗できる)権威というのがちゃんとあったのかな、と。宰相レベルくらいには?

 果心居士はどうだったかはわかりませんが、タイキョクにいるモブ「元宮仕えのおじいさん」は、かなり天帝と近しい位置(かつ「天帝のニンジャに護衛を命じる」ことができる)にいながら、地位(権威)自体は低かったように思います。公家ではない。「あのころが なつかしいのぅ」とは言っていますが、話の内容から「あの頃」ってせいぜい数年前。マ法院が台頭し始めたあたりから役を解かれたのでしょうか……。わかな姫の行方不明や水月の変化については触れないあたり、天帝死去の頃にはもう宮を去っていたか。
 ……天帝の死にまつわることまで含めて“色々”見てきた中で、「敢えて楽しかった思い出だけ語っている」のだとしたら、切ないものがありますね。その上の「あのころが なつかしいのぅ」という思い。何でも『丸』に繋げて(というか『丸』を青天に繋げて)申し訳ないのですが、第30回の「人生で一番楽しかった頃に戻る」誰そ彼時の秀吉を思い出して、うあああってなりました。orz




【もしも青天メンバーが『丸』を観てたら。~青の大地で大河が放送してんのかというツッコミはスルーの方向でお願いします~

 以前、こちら(秀次事件周りのこと)で思いがけず青天のアレコレが頭を駆け巡ってから、飛び火(?)した妄想だったのですけど、「ジュウベエはきっと、重篤な出浦党だろうな」って……と過ぎったのが始まり。

 表面上はそんなミーハーにキャーキャー騒いだりはしないけど、第6回の名言「素っ破が死ぬ時は、信用を失った時」でスッコン落とされて、第11回や第30回の活躍に内心(あくまで内心)は「出浦どの~!!」と大興奮して、第31回のアレに動揺したあまり握ってた湯飲みバキョと割ってお茶(熱い)が手にかかっても気付かないくらい茫然とする。
 史実では江戸時代まで生きるし! 大丈夫だし! って表面上は平静装ってるけど、内心は無事を確認するまで気が気じゃないという世の出浦党の皆様と大体同じ反応で再登場を待つ。

 出浦様だけ大河というより必殺仕事人的な世界観(?)纏ってるんですが、ジュウベエって勧善懲悪系の通俗時代劇わりと好きそうだなと(笑)。特に忍者が出て来るやつ。幼い頃、ハンゾウ様の膝上で夕方の水戸黄門(再放送)観るのが楽しみだったという妄想。コッソリ風車飛ばしてみたことあったという妄想。(※世界観無視で言ってます。気にしないでください)
 あと某大坂城の松岡●造さんに、このキャラ何か既視感あるよなーと全員の視線集めて「何」ってなる。この人なら「天帝のために生き、天帝のために死に、天帝のために忍ぶのみ!」とか本当に言いそう。(笑)


 天下丸は平八郎推し。やっぱり「戦国最強」の称号に惹かれる。
 登場人物多くて名前覚えるのが苦手なため、「爪噛むオッちゃん」、「汁かけのオッちゃん」とか色々仇名つけてる。茶々のことは「おっかないネエちゃん」と思ってる。薫様のことは「薫のオバちゃん」と呼んでる。本人に聞かれたら怒られる案件。

 ジャッジの推しは安房守。カッコいいところも駄目なところも、「男のロマン」が詰まっているから。

 それで、テンランは真面目で優しくて周りに振り回されて何かと自信なくし気味でありながら、実は結果的に「絶対正解選ぶマン」である源三郎兄上こそ、男のロマン――というか、“主人公”のロマンだろうと思ってる。何より、健気な元妻とツンデレな今妻に競い合うように愛されて両手に花というのも“男主人公”の(以下略)

 レン先生は、私の中で若干ファザコンのイメージがあるので、ダンディズム溢れる叔父上が好みかなと。

 わかな姫は「推し」という意味ではないけど、茶々のことが不思議と気になっている。彼女の来歴(史実)を知っているわけではないのに、登場初期から「あのひと、かなしいのね」と見抜く。
 ……これは、私の願望も入っているのかも。茶々様をね、わかな姫にぎゅっと抱きしめてもらいたい。水月の時みたいに。茶々に取り憑いている、本人が意識しなくとも周囲に不幸を撒いてしまう、呪いとも言えるかなしい「さだめ」を、わかな姫に浄化してもらいたい……。
 
 
 ガラシャはやっぱり、その名の元になった細川ガラシャこと玉が気になっていそう。
 ちょっと真面目に考察(?)してみると、彼の名が「ガラシャ」と設定されたのって、ロータス王の所業とマーヤのことを、秀吉のバテレン追放令からイメージしたのかな、と思ったり。
 玉はキリスト教の教えを受けてから穏やかな性格に変わったと言われていますが、ガラシャもマーヤに出会って変わった部分もあったのだろうなぁと。「オレは マーヤから ひとを あいすることを おしえてもらった」と言っていました。


 水月は特別に誰推しというよりも、その時その時で登場人物の立場や感情に共感したり、感情移入したりという、ある意味で一番没頭して観ているけど、ある意味で一番しんどい見方をしてそう。視聴中の精神の起伏が激しい。
 序盤は勝頼様のお労しさに涙し(第2回の時点で既にクライマックス)、中盤は北条と豊臣の間を取り持とうと必死に働いている江雪斎が身につまされ、この前は追い詰められて鬱状態の秀次に嗚咽し、現在は秀吉亡きあと家康という強大な勢力に立ち向かっていかなければならない冶部を思うと、もう今から胃が片桐。
 でも、秀吉の所業については結構厳しい目で見てる。罪を憎んで人を憎まずという意味で、それぞれの言動や政治的判断、その結果を踏まえて、冷静に分析しながら教訓的に見てる。兼続や刑部の手腕を尊敬する。


 かぐらは表面上は「仕事できるし人格者だし、やっぱり刑部様が一番素敵よねー」と言いつつ、きりが色々な部分で他人と思えない……というか、ほっとけなくて内心ソワソワしながら彼女の言動を見守ってる。たまに源次郎を井戸に突き落としてやりたくなる。(笑)
 その影響で秀次様のことも気になっていて、第28回は自分の師匠が横で嗚咽してるものだからその時は苦笑しながら背中ポンポンしてあげているけど、後で一人になってからコッソリ秀次様を思ってぐすんぐすん泣く。で、油断してるところ、誰かに目撃されて「何よ~!!」ときりちゃんばりに泣きながら怒る。かわいい。(かわいい)


 ハンゾウ様は源次郎とか佐助とか、将来性のある若者が好き。ここ最近、源次郎の短所があれこれ浮き彫りにされつつあるので、色々と心配で目が離せない親心的な何かを抱いて観てる。でも表面には出さずに平静を装って視聴してるのが、ジュウベエと同じ。
 そんな源次郎の短所も鑑みた上で、わりと真顔で(忍びには向いてないけど)「部下に欲しいなぁ」と呟く。前々から思っていたことだったけど、それがたまたま源次郎が一級介護福祉士っぷりを発揮した第30回だったものだから、横で見てたマスタさんに「ハンゾウ様、ボケるにはまだ早すぎますぞ」とツッコまれる。マスタさん、殴られる。

 ニンジャマスター氏は片桐さんが他人と思えなくて毎回彼がやらかす度に胃が片桐。方広寺鐘銘事件が来る日が怖い。あと御屋形様のことも慕わしく思っちゃう。それだけに、兼続並みの(目で)ツッコミ力と処理能力持ってる部下が欲しいとわりと真剣に思う。
 源三郎の立場には共感できるものがあるけど、それに対する源三郎の胆力と判断力と精神力と強運とモテ力と「絶対正解選ぶマン」っぷりが凄すぎて、自分はああなれないなと畏怖すら抱いている。


 マ法院は佐渡守をさすがだなぁと感心して見てる。佐渡守は家康という駒を動かす優秀なゲームプレイヤーと見てるけど、でも同時に佐渡守が心から家康を尊敬していることを、わかってはいないのかもしれない。それが静ちゃん。(笑)
 女性陣では寧様推し。何か……何かわからないけど何となくそんな気がしたんだ……。有能さで言えば阿茶局のことが本当にデキるいい女と思ってるけど、逆に優秀すぎて自分が尻に敷かれそうな予感がするものだから部下に置くのは遠慮したい。何か……何かわからないけど何となくそんな気がしt(殴)
 茶々の秘めたる(無意識の)ヤミが最高に美しいと思ってるけど、大蔵卿局ガードが怖すぎてマ界カンパニーに勧誘はできないだろうなと身震いしてる。……先ほどから私はマ法院様を何だと。

 メディックスは家康が可愛いと思ってるけど、いざとなった時の胆力を見ると自分の掌で転がされるような男ではないと確信してるから、やっぱりマ法院の方が(自分に都合のいい男という意味で)可愛いなぁと改めて思う。
 あと、阿茶局が真面目に部下に欲しい。あと、平八郎に百鬼中将みを感じてる。




 …………本当に、どうもすみませんでした。(土下座)

 ここまで読んでくださって、付き合ってくださって、本当に本当にありがとございました。
 連日の暑さでムシャクシャしてやりました。ただただ私だけが楽しかっただけです。反省と羞恥は、かなりしています。いっ、今だけ! 2016年の、今だけの、ことなんで!!!!(汗)
 やるならやるで、キャラクター全員分の想像してみたかったですが、パッと思いついた人だけですみません。

 『丸』ってその時代の倫理を尊重しつつ、人間とか社会とか組織とか生物としての本能とかの普遍性をえげつないほどに、しかし愛おしく描いているから、現代を生きる現代人が見ても身につまされ過ぎて辛くなるし、慕わしく思う上に、それが現実世界だけじゃなく青の大地というファンタジー世界にも通用してしまうから、何かもう、事あるごとに横っ面ぶん殴られるわ冷水(どころか氷水)浴びせられるわで満身創痍であります。
 特に人間関係や心理まわりですが、この11年間、青天でボンヤリ「何があったんだろう……」と抱いていたことが、「ああそうかそういうことだったのか!」と腑に落ちたりして。秀次事件まわりで描かれた「親子の擦れ違い」とか本当、もう……。(※もちろん、100%個人的な解釈です)
 などと、両沼にどっぷり浸かり過ぎてしまった重症患者(末期)が言うことなので、「コイツ何か変なこと言ってんなぁ」と適当にスルーしてやってくださいませ。今だけ、2016年の今だけ、ですから!!!!(滝汗)
 ともかくこんな感じでネタに昇華でもして自分内で噛み砕いていかないと、このところの内容をまともに飲み込むの、つらい。つらいけど、面白い。第32回も観てて小さな悲鳴と苦しげな呻きしか漏れなかったいつもの果物です。

 気を抜くと寝落ちしそうなのですがせっかくの時間が勿体ないので、冶部の「眠くないっ!!」の一喝を思い出して、小説書いてきます。本当……本当、ずっと待たせていてすみません……(私信)。定期の生存確認と近況報告?のためとはいえこんなしょーもないネタで遊んでないでね……。(汗)

※あと、超今更になってマスタさんの名(迷)言ものすごい誤字してたのに気づきました。この記事だけじゃなくて、台詞引っ張ってきた元の記事とかで、随分と長いことミスしたまま放置とか……。大事(?)な台詞なのに、二重三重の意味でごめん……本っっっ当、ごめんマスタさん……。orz
※※あと「あわのかみ」思いっきり誤変換してました……。×阿波守→○安房守ですね!!! 丸ファンとして間違ったらいかんだろそこは。実は「げんじろう」表記も丸では「源次郎」か「源二郎」か思い出せなかったことをここで白状しておきます。(土下座)

  
  
* * * * *


 第32回の感想、少しだけ。
 このドラマにおける家康の描かれ方が凄く好きだと改めて実感したのと、前回や第25回、第19回等々も含め、私の中で一番感情の琴線に触れてくるのは「茶々にまつわるシーン」だと今更ながら実感したあたり、私にとって浅井茶々という人物に対するこだわりというか愛着というかは自分で認識するよりも深いのかなぁと思ったりした次第です。
 自分のことは「歴史クラスタ」どころかただの「歴史好き」とも言えない程度の知識しかないのですけど、生まれて初めて興味を持ちガッツリ嵌り込んで追い駆けまくった歴史上の人物だったので。あれから8年……。

 あ、それから無双『丸』の方で、ついに茶々がキャラ武将化されましたね!!!!
 私の中では本当「ついに!」という感じで。茶々はずっと悪女のイメージが付きまとっていて人気がなかったせいかはわかりませんが、この手のゲームでキャラ化されることってほとんどないので、嬉しい……凄く嬉しい……(感涙)。そして、キャラデザのあまりの可愛さに卒倒した勢いで五体投地。ありがとうございますありがとうございますありがとうございます……。(拝)
 無双だと両親はとんでもない美男美女カップルなのですが、この茶々はお市の美貌を受け継ぎつつ印象としては長政の方が強く出てる感じですね。キリッとしてるところが。一昔前の少女漫画で、主人公の好敵手として出て来る「お嬢様」のようなイメージ(←例えェ……)。性格は、説明文+長政の誇り高さとお市の頑なさを併せて考えると、冶部といい勝負しそうなツンデレの予感(笑)。武器は頭に挿してる大きなかんざし(?)っぽいですね。かんざしは武器なのかとか最早無双ではツッコんではいけない。
 おねね様や同じ秀吉側室となる甲斐姫等、女性との関わりが気になりますね。秀頼様も出るのかな。大坂の陣の重要人物なんで何かしら設定されると思いますが。2の宮本武蔵のストーリーが好きでした。戦国無双は2(+猛将伝)しかプレイ経験がないのですが、この嬉しさのあまり超久々に購入してみようかわりと本気で考えてます。無双レベルの難易度でも、もうすっかりさっぱりアクションゲームできなくなってる身ですが。(汗)


 話が逸れましたが、冶部と家康の攻防が凄まじすぎて影の薄い(苦笑)冒頭の片桐さんの小さな「嘘」は、保身のためにしても寧様を安心させるためにしても吐いても許される「嘘」じゃないかなと同情。でもこの小さな「嘘」を吐いてしまったことが、片桐さんの中でも罪悪感の尾を引いていて、この先ずーーーっと胃が片桐し続けるんだろうなと思うと、気の毒で私も胃が片桐。
 今さらながら、私はこのドラマの中で片桐さんがメッチャ好きだと気付きました。源三郎、家康に次いで、あの出浦様と(自分内)デッドヒート繰り広げる勢いで好き。腹芸できない。良かれと思って言った、やったことが「やっちまったよ自分ェ……」になってしまう。共感と慕わしさという点においてはもうぶっちぎりです。(笑)

 ……ごめんあと最後にひとつだけ言わせてください。(もう「少し」という量ではないほど書いてる)
 大名同士の、水面下の腹の探り合いみたいな流れの中で、ただ熱くて真っすぐでポジティブでブレない宇喜多殿の安定感に惚れました。あの見てるだけで嗚咽するホームパーティーの現場で、前向きな力強さ……好きだ。
 性格上、繊細な情に気を回せたり利用できたりするタイプではないだろうけど、大名という立場なだけあって「接待も戦!」という認識でしっかりできるし、根が明るくて、味方にいると頼もしい。良かった……宇喜多殿がこっちにいてくれて良かった……。

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【2016/08/20 (土) 02:34】 | オリエンタルブルー 青の天外
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【青の天外】08月20日の記事テーマからあまりに明後日の方向に吹っ飛び過ぎてしまったため、分離した話【メモ】
果物【管理人】
※08月20日の記事から派生したものなので、先にそちらを読まれてからの方がよろしいかと思います。あまりに吹っ飛び過ぎていて、 「 色 々 な 意 味 で 」 伝わる方が非常~~~~~に狭い内容となっておりますので、ご注意ください。※





 わかな姫の性質ってちょっときりと似てるなぁと。一方は空気読める無口だし、一方は空気読めなくてどこへ行っても「やかましい」「鬱陶しい」と言われてるから性格的には正反対だけど(笑)、「相手の本質を本能的に見抜き、思ったことを飾らずハッキリと言う。同時に、相手にも飾ることを求めず、本音を引き出してしまう」という性質が似てる気がします。鋼メンタルなところも、かも。
 メンタル弱くて優しすぎて人の目を気にし過ぎる秀次が、立場も関係なく裏表なく自分に向き合ってくれるきりを必要としていたのを見て、水月にとっても自分の「ありのまま」に戻れるわかな姫という存在は心の支えだったのかなと。だからこそ、同じく立場的になかなか本音を出せない天帝に、心の支えとしてわかな姫を献上したのかも。

「マ法院が あらわれたときから すべてが はじまったんだ
天帝は 水月さまを とおざけ わかな姫さまも いなくなり
水月さまは こころを いためられ 天帝宮にも のぼられなくなったのです」

「でも 天帝は わかな姫さまを さがすようには めいじなかったの
水月さまは とても かなしまれて カツラのおやしきに ひきこもられたわ」

 水月と天帝にとって共通の「大切な存在」であったから、天帝による彼女の封印という事態にはマ法院の関係で「不信」を抱いていた水月にトドメを刺したのか……。ショックで自宅に引き籠ってしまうほど。(汗)
 でも天帝にとってわかな姫は間違いなく「大切な女性」で、天帝の剣を巡る攻防に巻き込みたくなんかなかったろうしいっそ水月のそばに返してやりたかったろうけど、同時にわかな姫は「最も信頼できる女性」であったから、「いのちをかけて」天帝の剣と遺言を託し、わかな姫も単に従順じゃなくて天帝から託されることを彼女自身も願ったのではないかなと。天帝の剣が自分の中にあることを黙っていたのは、彼女自身の意思のように思えますし。

 そこからのわかな姫破壊は、二重三重の意味で水月を「自分の落ち度だ」と責めさせることとなってしまって、何と言いますか……三人とも互いが互いを思い合うあまりに、望まぬ結果になってしまう擦れ違いが……まさに『オリエンタルブルー』だなと……。物理的にも精神的にも傷ついてしまっても、手遅れになる前に「おもいやり」がちゃんと伝わったのは、救いではあったけど。


 わかな姫の性質がきりタイプだとしたら、何となくかぐらの性質って源次郎タイプに近い気がします。もちろんこちらも「性格が」ではなく、あくまで「性質が」ですが。
 明るくて愛嬌があって人懐っこくて賢くて器用で人から好かれやすいけど、好き嫌いがハッキリしていて、「好き」と思った相手には心から献身的に尽くすけど、「嫌い」と思った相手にはおべっかも使えない。キッパリハッキリとしている分、陰湿さはないですが。

 あと、“他意なく”相手によって態度が変えられる、環境に適応してその“場”に自然に乗れてゆく。「なにものにもなれるし、なれない」柔軟な、といいますか「白い布」のような性質でしょうか。打算的な「世渡り上手」というのではなく、でも流されるではなくちゃんと「自分の意思」を以て、その“場”に自分を沿わせることができる。良くも悪くも、なんですが。
 かぐらは「なにものにもなれるし、なれない」が恐らく巫女としての使命(宿命)だからそれが完成形だけど(というより、かぐらの「なにもの」は「巫女であること」でしょうか?)、源次郎は生きている間に出会う人々の『思い』や『言葉』を真っ直ぐに受け取って飲み込んで、「なにもの」かに帰結していくのかなぁ、と今は感じています。
 ……このあたり、言葉としてちゃんと整理できてなくてごめんなさい。そもそもかぐら、源次郎の性質についての見解が間違っているかもしれないので、その場合生あたたかーーくツッコんでいただければ幸いです。(土下座)
 無意識の「ペルソナ」? というのですか。だから源次郎はきりに「もっと素直になれー!!」と言われる。きりは人のペルソナをバリッバリ剥がしていく性質なんで、それで心が救われる人(秀次)もいれば、別に何ともない人もいるし、源次郎は無意識だからピンと来てないのでは、という印象。(でも剥がされたくないから本能的に彼女を避けたがる傾向)

 そう思うと、かぐらのわかな姫に対する「あいかわらず はなしの みえない子ね・・・」がじわじわきます(笑)。決して嫌いなわけでも仲悪いわけでもないけど(むしろ仲はいい)、微妙に通じないあたりが源次郎ときりのそれっぽい。
 ただ、わかな姫の台詞に対して「話が見えない」はプレイヤーも感じてることなので、かぐらが「ものわかりがわるい」わけではないんですよ、水月さん!!(笑)


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【青の天外】08月20日の記事テーマからあまりに明後日の方向に吹っ飛び過ぎてしまったため、分離した話【メモ】
※08月20日の記事から派生したものなので、先にそちらを読まれてからの方がよろしいかと思います。あまりに吹っ飛び過ぎていて、 「 色 々 な 意 味 で 」 伝わる方が非常~~~~~に狭い内容となっておりますので、ご注意ください。※





 わかな姫の性質ってちょっときりと似てるなぁと。一方は空気読める無口だし、一方は空気読めなくてどこへ行っても「やかましい」「鬱陶しい」と言われてるから性格的には正反対だけど(笑)、「相手の本質を本能的に見抜き、思ったことを飾らずハッキリと言う。同時に、相手にも飾ることを求めず、本音を引き出してしまう」という性質が似てる気がします。鋼メンタルなところも、かも。
 メンタル弱くて優しすぎて人の目を気にし過ぎる秀次が、立場も関係なく裏表なく自分に向き合ってくれるきりを必要としていたのを見て、水月にとっても自分の「ありのまま」に戻れるわかな姫という存在は心の支えだったのかなと。だからこそ、同じく立場的になかなか本音を出せない天帝に、心の支えとしてわかな姫を献上したのかも。

「マ法院が あらわれたときから すべてが はじまったんだ
天帝は 水月さまを とおざけ わかな姫さまも いなくなり
水月さまは こころを いためられ 天帝宮にも のぼられなくなったのです」

「でも 天帝は わかな姫さまを さがすようには めいじなかったの
水月さまは とても かなしまれて カツラのおやしきに ひきこもられたわ」

 水月と天帝にとって共通の「大切な存在」であったから、天帝による彼女の封印という事態にはマ法院の関係で「不信」を抱いていた水月にトドメを刺したのか……。ショックで自宅に引き籠ってしまうほど。(汗)
 でも天帝にとってわかな姫は間違いなく「大切な女性」で、天帝の剣を巡る攻防に巻き込みたくなんかなかったろうしいっそ水月のそばに返してやりたかったろうけど、同時にわかな姫は「最も信頼できる女性」であったから、「いのちをかけて」天帝の剣と遺言を託し、わかな姫も単に従順じゃなくて天帝から託されることを彼女自身も願ったのではないかなと。天帝の剣が自分の中にあることを黙っていたのは、彼女自身の意思のように思えますし。

 そこからのわかな姫破壊は、二重三重の意味で水月を「自分の落ち度だ」と責めさせることとなってしまって、何と言いますか……三人とも互いが互いを思い合うあまりに、望まぬ結果になってしまう擦れ違いが……まさに『オリエンタルブルー』だなと……。物理的にも精神的にも傷ついてしまっても、手遅れになる前に「おもいやり」がちゃんと伝わったのは、救いではあったけど。


 わかな姫の性質がきりタイプだとしたら、何となくかぐらの性質って源次郎タイプに近い気がします。もちろんこちらも「性格が」ではなく、あくまで「性質が」ですが。
 明るくて愛嬌があって人懐っこくて賢くて器用で人から好かれやすいけど、好き嫌いがハッキリしていて、「好き」と思った相手には心から献身的に尽くすけど、「嫌い」と思った相手にはおべっかも使えない。キッパリハッキリとしている分、陰湿さはないですが。

 あと、“他意なく”相手によって態度が変えられる、環境に適応してその“場”に自然に乗れてゆく。「なにものにもなれるし、なれない」柔軟な、といいますか「白い布」のような性質でしょうか。打算的な「世渡り上手」というのではなく、でも流されるではなくちゃんと「自分の意思」を以て、その“場”に自分を沿わせることができる。良くも悪くも、なんですが。
 かぐらは「なにものにもなれるし、なれない」が恐らく巫女としての使命(宿命)だからそれが完成形だけど(というより、かぐらの「なにもの」は「巫女であること」でしょうか?)、源次郎は生きている間に出会う人々の『思い』や『言葉』を真っ直ぐに受け取って飲み込んで、「なにもの」かに帰結していくのかなぁ、と今は感じています。
 ……このあたり、言葉としてちゃんと整理できてなくてごめんなさい。そもそもかぐら、源次郎の性質についての見解が間違っているかもしれないので、その場合生あたたかーーくツッコんでいただければ幸いです。(土下座)
 無意識の「ペルソナ」? というのですか。だから源次郎はきりに「もっと素直になれー!!」と言われる。きりは人のペルソナをバリッバリ剥がしていく性質なんで、それで心が救われる人(秀次)もいれば、別に何ともない人もいるし、源次郎は無意識だからピンと来てないのでは、という印象。(でも剥がされたくないから本能的に彼女を避けたがる傾向)

 そう思うと、かぐらのわかな姫に対する「あいかわらず はなしの みえない子ね・・・」がじわじわきます(笑)。決して嫌いなわけでも仲悪いわけでもないけど(むしろ仲はいい)、微妙に通じないあたりが源次郎ときりのそれっぽい。
 ただ、わかな姫の台詞に対して「話が見えない」はプレイヤーも感じてることなので、かぐらが「ものわかりがわるい」わけではないんですよ、水月さん!!(笑)
2016/08/20(土) 02:49 |   | 果物【管理人】 #596d3576bf[編集]
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