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雑多な語り場。所謂「オタク」「同人」「二次創作」と呼ばれる要素全開かつ超ミーハーなので、そういったものが苦手な方は御注意を。更新は月2~3回程度ののんびりペースです。
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ピクシブに小説後編upしてきました。やっぱり文字数制限オーバー気味でした……と思ったら訂正(03/17)。小説の字数制限ずっと3万字までかと思い込んでましたが、よく見たら30万字でした。ケタが一個違っていましたお恥ずかしい(汗)。わざわざ分割する必要はなかったですね……とは言え制限内だからってダラダラ長く書いていいってもんではないですが。

 問題はあとがき(という名の)言い訳の長さだったと思います。
 あとがきに強いこだわりを持っておられる夢枕先生も、最近の著書『秘伝「書く」技術』の中で「自画自賛は恥ずかしいといえば恥ずかしいのですが、創作者たるもの、誰も褒めてくれなくとも、自分で褒めるくらいの自信と気概は必要です。」「目一杯に気合を入れた「あとがき」を書くのは、偶然でも本を手に取ってくれた方を惹きつけるためであり、一つには、サービス精神でもあります。」と言っておられましたし。
 ……だからって、 言 い 訳 し ろ と は 言 っ て な い 。すみませんごめんなさい私には「自信と気概」も「サービス精神」の欠片もございません。(汗)

 と、毎度毎度の独りボケツッコミは置いておいて
 そのあとがきにて「今回書いたニンジャマスターの95%は捏造設定で構成されているけど、残り5%くらいは一応、無理矢理、考察めいたことはしてみた」という件について、その5%の部分をここで紐解かせていただきます。



 ニンジャマスター。サブキャラクターの中では、実はそこそこの台詞量があります。
 ほぼほぼジュウベエと似たようなこと言うので、そこから「個性」を見出していくのは難しいですが。そこは愛で深読みしていきます。いつもの作業です。(真顔)

 ジュウベエには「ニンジャのくせにやたら熱血」というアドバンテージ?がありますが、それと比較すると「落ち着きがあって穏やか」な性格かな、と思いました。
 初対面の主人公に対する口調を見ると……。まあ、片やおぼろ式部の呪いの中でもピンピンしてて、片や呪いにやられてぐったりしてるので、それだけのテンション?の差はあっても当たり前だと思います。深読みです。

 また、(同行を断ってハンゾウの屋敷に留まった場合の)ジュウベエと、ニンジャマスターのストーリー進行における台詞変移は、内容が同じなだけに、口調の微妙な違いがわかりやすくなっています。例を挙げますと、


【ジュウベエ】「●●●どの! 大都の封印が解けつつござる。ぼうれいの塔にマ界に通じる穴ができたのです。(中略)このままでは大都がマ界の地となってしまいますぞ」
【ニンジャマスター】「●●●どの! ご存知ですかな? 大都にあるぼうれいの塔にマ界に通じる穴が開いたというのです。(中略)いずれにせよ大都のマ界化が進んでいるようでございます」

【ジュウベエ】「マ界の奴らめ! 天帝の塔にまで手を出したとは! 天帝の塔は天帝の魂が宿る神聖な塔…。大都のマ界、思ったよりも進んでおるやもしれませぬ!」
【ニンジャマスター】「マ界の奴らは天帝の塔にまで手を出し始めたようですな。天帝の塔は天帝の魂が宿る神聖な塔…。マ界の奴らが簡単には入ることができぬ筈なのですが…。大都のマ界、思ったよりも進んでおるやもしれませぬぞ」

【ジュウベエ】「●●●どの! 事態は切迫しております。「天帝の剣」を奴らに渡してはなりません。(中略)わかな姫を捜し出し、コクヨウ仮面を捕えるのです!」
【ニンジャマスター】「「天帝の剣」を奴らに渡してはなりません。(中略)コクヨウ仮面を捜し出し、わかな姫を救い出してください!」


 他も細々と違うのですけど、わかりやすいのがこれらかと。
 特に天帝の塔についてが顕著に表れています(天帝との近しさを考えると、ジュウベエの方がやや感情的になっているとも言えますが)。特徴は「!」数の差(笑)。熱いなぁジュウベエ。
 こんなふうに口調を比較してみて、ニンジャマスターの方が「落ち着きがあって穏やか」かな、という印象を抱きました。別にジュウベエに落ち着きがないってわけではないんですけどね。熱血なだけで。

 そして、ニンジャマスターの最大の個性が輝いた?のはテツジン復活後の名(迷)言。

「ああ もうおしまいです! あんなものが でてくるなんて!
われらニンジャの ちからでは どうすることも できない
もはや われらに のぞみはないのでしょうか?」


 敢えて原文ママで。取り乱し過ぎですマスター。
 いや、この時は他のニンジャやハンゾウまでもが結構なショックを受けてたので、彼一人が慌ててたわけではないですが。ただその中でもかなりパニクってる方です。これまでの落ち着き具合からのギャップに吹きまして、マスターさんに一気にハマりました。(笑)
 またこの台詞のせいで、私の中でヘタレキャラがつけられてしまったわけですが。申し訳ないと思いつつ、ヘタレフェチの私には止められなかったんです……愛なんです……。(汗)



 ――という経緯がありまして、今回の性格設定が捏造された次第でございます。
 こんな台詞の微妙な違いを比較してまで、無理矢理キャラクターを見出そうとするあたりが、最早超ド級の変態だと自分でも思っているのですが、こんなことを繰り返し過ぎたあまり感覚が麻痺してます……。生暖かい目でお読み流しください。
 当然ながら、公式でどのような設定になっているかは全く不明ですので、皆様は皆様のイメージを大切になさってくださいませ。

 ……というか、ここまでニンジャマスターについてわざわざイメージを膨らませようとする人もいないと思う(汗)。サブキャラにしたって右近(夫)とかバライル王とかリレイとか、考察するに建設的なキャラは他にいるのに、よりにもよってニンジャマスターだぜニンジャマスター。(酷い言い様)
 重要な部分を掘り下げるのは他の方にお任せしまして、私は愛と欲望赴くまま、しょーもない部分を誰得レベルまで掘り下げるのがむしろ役目だと思っています。(酷い開き直り)


 ニンジャの里でのポジション的なところでは、ソフトバンク版の攻略本に「その正体は定かではないが、ハンゾウに次ぐ地位にあるニンジャらしい。」とあるので、それを採用しました。
 基本的にはずっと里に常駐していたので、ことニンジャ内での人望にかけては、ジュウベエより遥かに上です……という妄想付きで。(笑)
 年齢については「ジュウベエよりいくぶんか年上(世代的には同じ)」という以外は伏せました。そもそもジュウベエ自体も年齢不詳なので、そこは各々で好きにイメージしていただければな、と思いまして。……「年齢不詳」という設定、残念なようなありがたいような。


 どちらかというとニンジャマスターがどうというより、比較したことで一見ニンジャのテンプレみたいな性格と思われたジュウベエにも、きちんと『熱血』というキャラ付けがされているんだなぁ、と改めて実感しました。(設定上「熱血」とされているのかは不明ですけど)

 ニンジャを代表して主人公の仲間になるわけですから、性格的にあまり「ニンジャ」の基盤から逸脱(例えばクド山のくのいちみたいな)させるわけにはいかないけれど、それでもモブとは違う「個性」を持たせるという微妙な差分が必要であって。
 物事に対して個人的な感想を言わない(言わせない?)分、「個性」を表すのは難しそうだなと。(まあ、ニンジャ以外と比較すれば「ニンジャ」というだけで個性になりますが)

 そう思うと、開発者の方の配慮が嬉しい。深読みと希望的観測と個人的な愛と夢とが大半を占めていますけどね! いつものことです。(苦)


 オリエンタルブルー考察の方は以上です。ここまで読んでくださって、ありがとうございました。以下は、恒例(嘘つけ)の最近読んだ本の紹介です。




 冒頭でちらっと出した夢枕獏先生の『秘伝「書く」技術』

 多種多様なジャンルの小説を書いておられる夢枕先生が、創作の上でどのようにアイディアを生み出し、どのように設定を作り、どのような手順で書いていくのか――また、自分の作家としての原点や、影響を受けた事柄、この先どんな小説を書いてみたいか等々について、語っておられます。
 もちろん、本格的に物書きを目指している人にとっては「小説執筆の技術書」として大変役立つものだと思われますし、私のようにまったく本格的な方向を目指していない「一応、物書きっぽい何者か」にとっても「なるほど」と参考になる手法がたくさん書かれています。

 ただ、本格的な方向を目指していない私が、この本を「小説執筆の技術書」という面で見るには大変に畏れ多いので(汗)、個人的には夢枕先生の「創作秘話」的なエッセイとして読ませていただきました。
 こういう捉え方でも、多分間違いないと思います。ゲームなんかの開発者インタビューにしてもそうですが、この手の「創作秘話」を読むのが大好きだったりします。

 作家になって37年の夢枕先生は作品数が半端ないので(300冊以上)、私はその中のごくごく一部しか読んだことがありません(というか『陰陽師』シリーズとそのほぼ同ジャンル2作と『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』だけです;)。『キマイラ』シリーズも『魔獣狩り』シリーズも未読です。
 今回、製作過程を細かく書いてある『大江戸恐龍伝』も読んだことはないのですが、まったく問題はありませんでした。むしろ気になって読んでみたくなります。登場人物(歴史上の人物)一人一人の事細かな年表と日表には痺れました。ここから「歴史の空白期間」を利用したりするというのも、面白いです。


 『陰陽師』の創作秘話で面白かったのが、「どうしても源博雅が必要だった理由」。
 この二人はやはり『シャーロック・ホームズ』のホームズとワトソンという関係とされていますが、意外だったのは「最初からそう意識して書いたのではなく、二、三作書いてから気付いた」とのことです。だから「ホームズとワトソンとはちょっと違う間柄」となっているのでしょうか。

 ……等々、詳しい内容については創作素人の私があれこれ語るのもアレですし、是非本書の方を読んでいただきたいなということで、このくらいで。
 最後に、夢枕先生が「幼少期の時から物語を作るのが好きだった」理由について、こんな見解をされていたのが興味深かった……というか、つい最近読んだもので物凄いデジャウを感じた内容が。

 人間というのは元来、脳が物語をつくるようにできているんです。(中略)
 ではどうして物語や神話をつくるようになったかといえば、人類が生き延びるためです。たとえばジャワ原人(ピテカントロプス・エレクトス)が森のなかを歩いていて、後方の藪のなかでガサガサッと物音がしたとする。そのとき、「これは獣がいるな、自分を襲うために近づいてくるな」という物語をつくることができたものは生き延びることができましたが、物語がつくれなかったものは食べられてしまった。
 こういう積み重ねによって、人間の遺伝子は物語をつくるように進化してきたと考えられるわけです。


 これが、最近読んだ小林朋道先生の著書の
「狩猟採集民が動物の行動に関して行う予測は、生態学者・動物行動学者が科学的な知見をもとに行う予測に勝るとも劣らない精度を持つ」
「ホモ・サピエンスが持つ特性の一つは、因果関係に強くこだわる性質である」
 というお話に通ずるものがあって、不思議な感動を受けました。私が。……いえ、すみませんそれだけです。(汗)

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