忍者ブログ
雑多な語り場。所謂「オタク」「同人」「二次創作」と呼ばれる要素全開かつ超ミーハーなので、そういったものが苦手な方は御注意を。更新は月2~3回程度ののんびりペースです。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


【2017/10/19 (木) 07:11】 |
トラックバック() | コメント()

【青の天外】『陰陽師 蛍火の巻』より、大都の仕組みについて思ったこと【ネタバレ注意】
果物【管理人】
 「トキの魂」の項目書いているときに思い出したことですが、すっかり書くの忘れていました。追記としてメモしておきます。
 以前、夢枕獏先生の『陰陽師 蛍火の巻』を読んで、その一遍「双子針」の内容が興味深く、大都の考察に使えそうかも、なんて言ったりなんだりしたこと。


【!】以下、「双子針」の内容については完全にネタバレしていますので、まだ読んでおられない方はご注意を【!】


 都に起きた大地震と、帝の体調不良。晴明が帝と都の関係について、こう言っていました。

「唐にあっては古より、天子様の玉体は、そっくりそのまま、都に見立てられている。
 そこが、呪というものの厄介なところであり、おもしろいところなのだ。
 思えば、神が宿るということを知っているか――。
 そこらの石であろうが、木であろうが、たれかが、それを神と見て、思うたり祈ったりすれば、それに本当に神が宿るということなのさ。
 帝と都もこれに同じさ。天子様と都は同じと思う人がいて、それが百年以上も続けば、そのようになるということさ」

 上記の話を参考にしてみると、天帝と大都の封印の関係って、一方的なものではなく互恵的な関係だったりするのでしょうか。一蓮托生の関係で、天帝が弱ると大都の封印が弱るだけでなく、大都の封印が弱ると天帝も弱ると。
 千人祈願の失敗って、天帝不在というのも大きかったのかなぁ。元々成功する見込みがないと見ていたから、マ法院も余裕綽綽だった。

 『双子針』の話になぞらえると、最初マ法院は天帝本人ではなく、大都の気脈に異常を起こさせて、間接的に天帝を弱らせていたりして。だから「天帝が亡くなってからマものが現れるようになった」のではなく、「マ法院が現れてからマものが現れるようになった」と言われているのか。
 いくら力で勝っていたとしてもいきなり直接的に天帝を害すのは周りガードも堅くて厳しいでしょうから、政略も用いながら外堀を埋めて、精神的・肉体的に弱らせて、トドメをさす。
 このへんがさすがマ界の長というか、人間時代から天帝の座を狙う野心とバーラトの修業経験を積んだだけある、やり手の静ちゃん。実はこれもメディックスの入れ知恵だったとしたら、それはそれで小者可愛いんですがね。(笑)


 『双子針』では都を流れる気脈(龍脈)についても書かれていて、

「この都にも、龍脈が流れている。船岡山から始まるこの龍脈は、神泉苑のあたりで一度、地上へ姿を現わし、再び地に潜って、朱雀大路を通ってゆき、東寺、西寺の仏塔によって堰き止められる。これで、龍脈の気が、都の外へ流れ出さずに、都の裡へ溜ることになるのさ」

 漫画版『陰陽師』ではこの仕組みが、良いモノを留めようとするため裡から生じた悪いモノも留めることになってしまっている、という内容がありましたが。(「鬼やらい」で追い払われるのだけど、羅城門に堰き止められて都から出るに出られないという)


 以前、「逆さまの呪力によって、大都の気脈の仕組みは平安京の気脈の仕組みと逆になっている」という考察もしましたが、共通してるところもあるのか。そう言えば確かに、平安京の造りも内循環になっていると聞いたことがありました。
 裡に留めておきたいモノが違うということでしょうかね。さらに言えば封印のための気脈はバーラトや各地に置かれたマ界の城などとも繋がっていて、青の大地全体で抑え込んでいる(循環させている)ということですか。うおお……対象が強大なだけに、封印もまたダイナミック。

 ぼうれいの塔と天帝の塔のモデルは東寺と西寺(の仏塔)かな、とは前々から思っていましたが、大都においても気を堰き止める役割をしてるんですかね。
 ということは前庭のあたりってもともとかなり気の淀みが激しいところで、それで真っ先にマものが出現するようになって、あっという間に荒れ果ててしまったんでしょうか。それゆえに、良くも悪くも断熱材(←例えェ…)のような役割にはあったかもしれませんが。


 以上、勝手な想像でした。
 実際のところはどんな設定がされてるんでしょうね。モデルはあるにせよ、さすがに気脈云々の細かいところまでは考えておられないですか。いつもの私の病気ですか。(汗)


コメントを閉じる▲
あまりにも長すぎて一記事にするとブラウザに負担かかりそうなので分割しました。前半はこちら
 後半では、トキ関連をまとめています。トキの行動の謎と、ガルダ神の誕生と、トキの子孫とかぐらの血縁の話。公式情報がないとか、考察にもならないどころか、ほぼオール捏造物語で占められています。公式様とは一切合切何ひとつ関係ございません。ご容赦ください。
 前半に引き続いて文章打ち込み過ぎて途中から感覚がゲシュタルト崩壊したのか、日本語が日本語になっていないような変な文が出てきてます。ご容赦ください。(←いやそこはせめて文字書きの端くれとして修正しとけと)【12/31追記 部分部分の文章を若干、加筆修正しました】


 トキについて「かれらに いしは なく かれらに こころは ない ただ ひたすらに とつげきし しんでいった かなしいものたち」という記述を初見した時、私は最初に「ミツバチの働きバチの外敵への自殺的攻撃行動」を連想しました。最早このあたりからして自分でも自分の感覚独特すぎるだろというか趣味全開だなと思うところですが(汗)、この連想は長年引っかかっていたので、一応、自己満足的に、その方面からトキの行動について考えてみようと思った次第でございます。
 いくら真相は不明とは言え何をどう考えても公式でそんな設定がされているとは思えないので、不毛にもほどがあるのですけど、興味があるという心の広い方は、どうぞお付き合いください。(興味がなかったらここのところはもう読み飛ばしてやってください;)

 「ミツバチの働きバチの外敵への自殺的攻撃行動」は所謂「利他的行動」というものなのですけど、これについてちょっと詳しく知りたいと思っていたところに、たまたま著者の方のファンというだけで購入していた『絵でわかる動物の行動と心理』に、ちょうど、知りたいと思っていた項目が載っていたもので驚きつつも大ハッスル。ありがたいです。
 というわけで、今回は主にこちらの本の記述を参考に考えています。




【トキを動物行動学を参考に考えてみた(結果が所詮私の知能レベルではこのザマ)

 当然ながらトキの行動を「ミツバチの働きバチの外敵への自殺的攻撃行動」とまったく同一とするものではありません。(ミツバチの行動は利己的遺伝子説においては自己の遺伝子に対する利益から発生するとされていますが、トキにそれがあるかは不明)
 ただ、突撃行動とその後の「南の国への逃亡」と「人を守り、知恵を授けた」といった、「意思・心がない」に矛盾するような行動も、動物行動学を参考にして考えてみると、どうにかこうにか説明がつくんじゃなかろうか、という無謀な試行?実験をしてみました。
 が。そこに青の一族の命令が絡んでいる可能性とか、そもそも人口生命体トキには進化論が適応されないのではということを考えると、動物行動学を適応させるのは正直無理があるんじゃないかと思いましたが(汗)、書き始めてしまった手前、最後まで書いてみることにしました。
 
 
 まず根底にあった疑問として、はじめから意思を持たせず、心を持たせなかったとしたら、何故に『生体』兵器でないとならなかったんだろう、と。極端に言えば機械のミサイルなんかでも良かったような、気がしますが。
 マ界城が攻めてきて一刻を争うギリギリの状況下では、青の一族の技術では生体兵器の方が効率よく生み出せるからだったのか。それとも『生命体』でないとならない理由があったのでしょうか。
 それが「生命」である必要があった。天地の宝玉がトキの魂の結晶であるように、マ界の城を落とす(封じる?)には「命」のエネルギーが必要であったと。

 すると命=魂として、魂=(トキにないとされる)心なのか? と問われれば某所で言われたようにここの境は曖昧で、個人個人の解釈に委ねられるのでしょうね……。
 先日観た臨死体験探究ドキュメントでは「魂=心=意識」とされていたりしましたが、でも一つ一つは別の定義がありそうだし……と、自分の中でも泥沼化(汗)。これに対しては永久に答えが出ないような気がします。
 『絵でわかる動物の行動と心理』でも「心」の研究についての話はありますが、

 ただし、心を対象にした科学的研究に際して,“心”とはどんなものか? “心”の定義は? と問われると,だれもが満足する明快な答えを提示できる人はだれもいないでしょう.人によって「心」の捉え方は異なるからです.

 とあります。よって同書の『動物行動学から見た「感情・心理」』の項目では、「心は,外に現れる行動に大きな影響を与える,内的な状態である」という漠然とした表現をもとに、ヒト及び動物の感情と心理について書かれています。(ヒト以外の)動物も行動に際して感情・心理が働いているのか、という質問に対しては「実際の行動の発現の前に,さまざまな情報を取り入れたうえで,何種類かの神経系活性状態が生じ,検討がなされる」ことが(ヒト含む)動物の感情・心理に相当するとの私見がされています。(私見なのはこの質問に直接かかわるような科学的な研究がほとんどないから、とのこと)
 ……とはいえ、あくまで進化心理学という分野における話なので、前述したようにオリエンタルブルーの世界観とか、トキに対してはあまり参考にならないかもしれませんね。(苦)




【捏造・トキの生態と行動史】

 さて。前置きが長くなりましたが、マ界の城を落とすための兵器が生体である必要があったのは、「魂」の力に加え、やはり機械にはない自律した意識が必要だったのかな、というところから考えてみました。
 とすると「かれらに いしは なく かれらに こころは ない」という記述と矛盾するようですが、元々「トキの生態と行動が矛盾しているように感じるけど何でだろう?」という疑問を、さらに矛盾した観点で無理矢理理由づけしようとした結果なので、その失敗した過程を生暖かい目でお読み流しください……。知識不足考察力不足で、本当に、申し訳ございません。(滝汗)
 
 「自律した意識」というのは、例えば「マ界の城を落とせ」という漠然とした命令(目的)を、逐一指示されなくても確実にかつ効率的に判断して行動する意識を持っていたのではと。群れ(隊列)を組んだり、搦め手から攻めるといったふうに。(だから「ミツバチの働きバチの外敵への自殺的攻撃行動」と似てるなとも思ったのですけど、もちろん全く同一とするものではありません)
 その上で、もし命令(目的)を失った場合でも、備えられた本能(「人を守る」等)と意識によって最適な行動を取れるよう及び不適切な行動(間違って人を襲うとか町を破壊するとか)を取らないような自律した判断ができる生体だったのかな、と仮定してみました。


 こうしてトキは「マ界の城を落とす」ために行動するのですが、その中の一部が何らかの理由(例えば既にマ界城が落ちていたor封印されていたりしてなくなっていたとか、群れからはぐれて迷子になったとか)で、命令(目的)を見失ってしまった個体がいたとします。

 その個体(たち)には一種の「葛藤状態」が生じます(人間的な葛藤・迷いとはまた別のもので、「衝動」に近い)。結果、転位行動(のようなもの)を起こします。
 『絵でわかる動物の行動と心理』で「2つの相反するような衝動が同時に湧き上がっているとき,あるいは,ある行動の衝動が高まっているのだけれど遂行できない,といった葛藤状況のとき,突然,その場とは無関係のように見える動作が現れることがあります.」ということを動物の転位行動であるとしています。ヒトにもあります。
 実は転位行動の仕組み自体はまだ謎が多いとのことなので、ファンタジー世界に対するさらに仮の話とは言えこれを持ち出すのもどうかとは思いましたが(汗)、書き出してしまった手前、とりあえず最後まで(略)
 
 
 葛藤状態のトキ(仮)が起こした転位行動が「ガラの国への逃亡」だった。正確には「逃亡」でなく何らかの目標、例えば「マ界の城を落とせ」という命令(目的)の延長線として、代わりにガラの国に残っていたマ界の城(レイヤック城)を発見し、攻撃するためでの「移動」だったかもしれません。
 しかし、レイヤック城を攻撃しようとにガラの国に来たはいいけれど、この個体数では城を落とせないと判断。ここでまた葛藤状態から転位行動が起き、根底に備えられていた「人を守る」という本能を元に行動に移ったのではないかな、と。わ、我ながら強引な……。
 
 デルタ門を築き、密林の中に要塞(動物的な言い方をすれば「巣」)を作って、人々を赤き目の一族の脅威から守護した。それが現在の「ガルダの町」の原型で、この時にトキと人との間に交流が生まれて「ガルダから知恵を授けられた」ということになった。
 ここまで書いてちょっと気になったのが、この「知恵を授けられた」というのは、具体的にどういう状況だったのしょうか。トキが直接的に人間を指導していたのか、人間がトキの技術を見て吸収したのか。伝承なので、そのあたりの解釈もプレイヤーに委ねられるということかもしれませんが。

 ……しかし転位行動転位行動言うてますが、改めて考えたらそこまで単純な衝動ではなく、どちらかと言えばシマリスのSSA(『先生、シマリスがヘビの頭をかじっています!』という行動。ヘビの匂いつけ)のような、転位行動が進化した行動に近いかもしれません。本能的な知能だったと。(心理学者S.ピンカー氏の定義では本能(的に見える行動)も知能に含まれるとのこと)




【トキの意識】

 ――――で。
 上記の行動って結局「かれらに いしは なく かれらに こころは ない」に矛盾してないか? というツッコミに対しましては、実は私もそう思っていたところです。( ← お 前 。 )
 というのも、動物行動学は動物に心理・感情(に相当するもの)があるというのが前提ですし、そもそも最初に話題に出したように「心」や「意思」「意識」の定義って大変難しい……というか、完璧な答えは「無い」と言っていいと思います。もう捉え方は人それぞれとしか。じゃあ何だったんだこの試行?実験。(汗)
 とりあえず、今回はトキのことを青の一族や人間族らとはかなり異なった「意識」を持った生物として、考えてみました。ヒトの目から見れば心や意思がないようにも見える、動物的な……と言えばヒトも動物の一種なんで変な言い方ですが、どうしても「意識」は種ごと(さらに細かく言えば個体ごと)に異なってくるものなので。


 『絵でわかる動物の行動と心理』では「意識」について興味深い記述があります。
 現在では「意識」をしばしば、①「単純意識(主観的な意識)」、②「自己認識(“自分”という意識をもっている)」、③「メタ自己意識(自己を認識していることを意識している)」という三種類に分けて研究が進められており、②③は自我意識とも言います。

 自己認識が確認された動物は,今のところ,チンパンジー,イルカ,ゾウ,それから人間です.(中略)「メタ自己意識」については,少なくとも,成人の人間は,これをもっていることはわかります.なぜなら,たとえばいま私は,“自分”という意識について考えており,「私が“自分”という意識をもっている」ことを知っています.

 その上で「意識はどのようにして生まれるのか」について、著者の方は以下のような考えを書かれています。

 もちろん,意識とはいっても,シマリスが感じている意識と,私や,読者の方が感じておられる意識とは,同じではないはずです.しかし,自動車や掃除機には宿ることはないと思われる意識という特別な事象が,人間には存在し,私は,シマリスにも存在していると推察しています.(中略)
 ではなぜ,ある本数以上の神経細胞が,ある特別な構造で配線されたときに意識は生まれるのか? 私は次のように考えます.
 それについて科学的に考えることは,人間には無理である,と.(中略)
 シマリスの脳は,シマリスの生存・繁殖を可能にするように進化した器官です.その際,シマリスの脳は,“自分”という認識をする必要はなかったからそのスペックが備わっていないのです.(中略)同様なことは人間の脳についてもいえます.人間の脳も,その脳に備わっていないスペックを必要とする認知は不可能なのであり,それが「どのように意識は生じるのか」についての認知なのです.


 本来の文が長いので、かなり間を飛ばして要約しています。そのせいで著者の方の意図していない方向へ誤解されたら、申し訳ありません。どうぞ研究結果を踏まえた詳しい内容を知りたい方は、是非こちらの本をお読みくださいませ。
 私が興味深いと思ったのは「無理」とか「不可能」とか言われつつも、「人間の認知スペックの限界はどこにあるのか」とか、その限界を越えた進化もあり得るのかとか、人間の持たないさらに高次な知能・認知を持った生物がこの世界(宇宙)のどこかにいるんじゃないか、というむしろ色々な想像がムクムクと掻き立てられる面です。――というところも、また私個人の「意識」の一つということで。なんていう小学生的な〆方。(汗)


 蛇足になりますが。最終的にガラ国におけるトキと人間族との交流はそれほど長い期間ではなかったという印象があります。具体的に何年……とは言えないですけども。カラホトと同じように人々を守るために戦って死んだのかもしれませんし、もともとマオウと違って長期的な活動をさせる予定がなかった生命体ですから、エネルギー摂取(維持)をすることなく消耗して……ミツバチの働きバチと同じく、非常に寿命の短い儚い種族だった。
 とはいえ、直接的な時間が長くとも短くとも、現ガラ国の文明の礎となったほどには交流が濃かったと思います。ガルダ神そして伝説へ…。

 以上、理論的に支離滅裂な語りにお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
 なんだか浪漫がなくてすみません。私個人としては私の大好きな要素をふんだんに詰め込んでみた浪漫いっぱい夢いっぱいな話ではありますが、何を浪漫(かつ理論)とするかは人それぞれなので、「トキの行動の理由はこれだ!」という考察ではなく、ヲタクが書く二次創作物語と捉えてください。自分でも「無理あり過ぎるだろコレ……orz」というのはよーーくよーーーーくわかっていますので。(滝汗)
 上記の話や参照した内容は、ある特定の分野、理論を元にした話です。当然ながら別の分野や理論を元にすると、また別の考え方になると思いますので、「これが絶対だ」とか他の考え方や説を否定する意ではなく(むしろ他に何かいい説があったら教えてください!)、「こういう考え方もあるんだよ」という一つの参考までに、捉えてください。すべて私個人が好きだと思っただけの、話の一つです。




【トキの魂】

 上記までの、支離滅裂な私の捏造話はとりあえずどっかに放り投げておきまして、僭越ながら横から?コッソリと拝見させていただいたT様の「トキに寄せられた人々の思いがトキの魂(魂魄の概念で言えば「心」と呼べるもの)になった」という考察が、私の中でも一番すっきりシンプルかつ、

「ワットアルンのカネには おもいを あつめるちからが あるようだ
そのおもいが かたちになるとき せいじゅうを うみだすのだと いう
このほしのものたちは かんじょうが ゆたかである
マ石が マものに へんいするのも このせいしんパワーに よるものかもしれない」


 というオリエンタルブルーの世界観にとてもマッチしているのではないかな、と思った次第でございます。もうこれでええやん充分やん……。上記までの話は生物が好きな私の趣味ということで。と言いつつ、この手の話や考え方も好きな方ではあります。何かしら興味の幅が無節操に広く無責任に知識浅くて恐れ多いです。(汗)
 この面に関してはS様の考察も加えられて綺麗にまとまっていて、その上で私が何か語り出すとどう考えても蛇足とお目汚しにしかならないので、ふと思い出したことだけちょこっと。


 以前、わかな姫のことを考えた時にも出したのですが『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』の空海と逸勢のやりとり。

「人は、おまえの魂のことを橘逸勢と呼んでいるのだよ。橘逸勢とは、お前の魂のことなのだ。しかし、逸勢よ。おまえが、橘逸勢という魂であるとして、その魂のみを、さあ、これが橘逸勢ですよと、他人に示すことができるか?」
「で、できない」
「そうだ。その意味で、おまえは、美であるとか、哀しみであるとか、喜びであるとか、そういうものと同じなのだ」(中略)
「ある“もの”が、在るとか無いとかいうのは、ある“もの”と、それを見る人の心の動きというふたつのものが必要であるということだな。それが、仏法で言うところの色即是空ということか」
「この世の全てのものは、そのような在り方をしているということだ。おまえという存在も、牡丹という花も、空なるものと色なるものとの、不可分の関係によって、この世にあるのだ」


 これが「人の心 魂こそが「ひと」と呼ばれるものなのだ」と通ずるものがあり、「生きているも死んでいるも それは人の考えひとつ 人形にも人が想えば命は宿る」とか「想いがかたちになるとき聖獣を生み出すのだ」とか「マ石も人の心の形のひとつ マ石が生み出すマものも人の心の形のひとつ」といったオリエンタルブルーの世界観の元になっているのかな、と。(実際のところ何を元に構成されたかは不明ですが)

 また「はじめに光透波ありき」とする『アマテラス』の「この世は『現象界』といって心に思うことが象になって現れる世界。この世に現れていることはすべて心の結果だ。街も都市も社会も法律もあらゆる人間関係、出来事、すべてが心の現れなのだ。いいかえれば心で何と思うかが大切なのだ」という話ともどこか通ずるものがあるなぁと。
 ……すみません、それだけの話ですけども。(汗)

 『沙門空海~』の中でも巻ノ三「第二十六章 呪法宮」で書かれた内容が般若心経の解説、空海と逸勢のやりとり共に何とも言えず好きで、今でも時々読み返しています。
「想いというのは、人そのものだ」
「想いが人ならば、それは、終わることはないのではないか。人ある限り、想いが尽きることはないではないか」

 この言葉にジンと来てしまって、クライマックスでまさに「誰が死に、誰が生まれようとも、何十年、何百年、何千年経とうとも、想いは人と共にずっと尽きることはないだろうよ」という事象が現されていて、どこまでも尽きぬ人の想いの哀しさと激しさと美しさに痺れました! という……もうなんだこの小学生の読書感想文と自分に失望。orz




【トキとかぐらの関係】

「かぐらさまは ヤリのつかいて としても カラホトいち ゆうめいなんです
さすがは たたかいの神 トキさまの 血をひくといわれている おかたですよね!」


 普通に納得して聞き流すこともできるけど、ツッコんで考えてみたら結構な謎を孕んでいたりいなかったり。「トキさまの 血をひく おかたですよね!」じゃなくて、「トキさまの血を引くと言われている」って……「言われている」って何ですか……。
 どちらにしろ大昔のことなんで「言われている」という台詞回しになるのは自然のことかもしれません。要するに、いつもの考え過ぎです。(汗)
 他に「トキの血を引く(と言われている)一族」が見当たらないのがちょっと気になると言えば気になるのですけど。かぐらの家族とか親戚に当たる人。……いや、全体から言えば血縁者(家族)の存在がハッキリしているキャラの方が圧倒的に少ないので、別にかぐらだけが特殊ってわけではないんですが。そこんとこも「プレイヤーのご自由に想像してね☆」ってことですかそうですか。

 かぐら個人に関係する話って、これとカラホトに水月との修業時代のこと話す人しかいないですよね。本人も自分のこと話さないし。かぐら及び「トキの巫女」って(フリップフロップの関係で)存在しない設定の世界もあるから、あまり踏み込んで描かれてないのか。個人情報が分かるキャラと不明なままのキャラの落差が激しいこの非情さ(特にフリップフロップ周りがエグい)。さすがオリエンタルブルーやで……。


 そこで、かぐらが本当に「トキの血を引いている」のだとして、何故に他の「トキの血を引く(と言われている)一族」について言及されていないのか、ある一つの可能性(という名の完全なる捏造物語)斜め下あたりからちょろっと(※文章量的には全く「ちょろっと」ではない)考えてみました。
 しかし、「トキの血を引く(と言われている)一族」がいたとしてそれがカラホト王家とか神官一族でかぐらもその中に属されるとか、トキの血を引くと「言われている」だけであって実際にはそういうわけではないとか、そもそも開発者の方でもそのあたりの設定さほど掘り下げて考えられてない(続編等でどうこうできるように敢えて解釈の幅を持たせている)とかだったら、それはそれで納得はできるしこれ以上何も言えることはないので以下の話は……言ってしまえば、まあ、完全に無意味ということですけども。(苦笑)

 無意味なくせにやたらめったら長い&結局疑問符だらけなので、興味ない・付き合いきれない方は以下の項目ぶっとばしてください。今回そんなのばっかですね(汗)。無意味でも書き出してしまった手前、とr(略)
 
 
 
 
【捏造・トキの子孫物語】

 さて。まず根源的な疑問として、トキに生殖能力があったのか、ということなんですけども。「マ界の城を おとすためにつくりし」としたら、生殖能力を持たせる必要はないような気がするにはするのですが。……マオウは「性別不詳」ですもんね。
 トキ神の像が女性っぽい印象を受けるのが気になりますが、このあたりは個人の感覚でしょう。母性本能のようなものが「人を守護する」ことに有利に働くとして、もともと生物学的にはメスの性を与えていたりして。

 生殖能力に関しては予め持っていたかどうかはそんなに気にすることでもないですか。仮に必要ないからと抑えられていた(未発達)だったとしても、何らかの影響で発達した可能性はあります。
 動物では環境・状況に応じて性転換したり、無性別がオスまたはメスとなったり、両性具有だったり……という例はありますし――と、毎度毎度浪漫がなくてすみません。私としては生物全体から見た性の曖昧さがむしろ浪漫に感じるくらいですが、そこは人それぞれで。(汗)


 性とか経緯はともかく、トキは人間族との間に子を成すことが可能だったと仮定して。(そこに「人間的な恋愛感情」があったかどうかは、個人の考えにお任せします……これは私には何とも言えません;)
 最初にトキと人間族の子が生まれたのがガラ国の方だったら(言わば「ガルダの子孫」)、というところから純度100%の捏造話を始めます。

 当時のカラホト国の人とトキの間に“実質的な”交流がなかったとは言いませんが、状況・時間的余裕と「知恵を与えた」というところから考えると、ガラ国の人とはより長い時間密接な交流があった時期がありそうということで。(意思と心が芽生えたトキの特異種がガラ国に逃げてきたのだとしたら、よりその可能性があるかなと)
 現在の「ガルダの子孫」に当たる一族がガラ王家なのかガルダ神官の家なのか現ガラ国人の多くが元を辿ればガルダ(トキ)の血を引いているとされているのかは、不明ですというか、そもそも根本が私の純度100%の捏造話なのでモヤモヤさせておきます。皆様のご想像にお任せで。(逃)


 ともかく、ガラ国で生まれたガルダ(トキ)の血を引く子孫。その人物が、何らかの理由(例えばガルダ神の起源を知るためとか)でカラホト国にやって来て、そこから「戦いで滅んだとされるトキの生き残りがガラ国に逃れ、ガルダ神となった」という話が伝わった。
 で、ガルダの子孫たる人物がカラホト国に定住して家庭を持ったりして、結果的にその家が「トキの血を引く者」となる。それが「トキの血を引くと言われている」かぐらの家系……という話。
 しかしこの時点でカラホト国にはトキ信仰が始まってからかなりの時が経過していて、既に神話も伝説も系統も確立していて、後から現れた「トキの血を引く者」が(認知はされていても)入り込む余地はなかった?(おいここに来て疑問符かよ)

 例え元が同じものだったとしても、もし「神としてのトキとガルダは別物です」と言われてしまえばそれまでなんで、やっぱり後から入り込むというのは無理あるんでしょう、か、ね?(自分で言い出しといて聞くなよ……)
 うーん……むしろ、だからこそ「トキの血を引く者」が認知はされていても大仰に扱われることはなく(大仰に扱いにくい?)、結果認知されている人数は少数で留まり、その子孫であるかぐらも「トキの血を引くと言われている」という、曖昧な伝わり方に??(だから自分で言い出しといて聞くなよ……知識不足で申し訳ないです;)
 実際に「トキの血を引く者」がかなり後から現れたとして、どういう扱いになるんだろうか……。無視はできなさそうだけど、いかんせん事実関係の証明も難しすぎる(汗)。ここの部分は現実的だと思われるものを想像していただければいいのですけども、おいそれだと冒頭の疑問完っっっ全に丸投げなやないかいというツッコミが。所詮ただの二次創作屋の私にはここんとこの解明は無理でしたすみませんでした!!(土下座)


 以上です。またも長い長い捏造話にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
 
 正直、どストレートにカラホトでトキと人間族の間に子が生まれてその子孫がかぐらだったとしても全然いいわけで。(多少の謎は孕みつつもどう考えてもそっちの方がシンプルで無理がない)
 結局のところ、「南の国へ逃れ生き延びたトキの子孫が、巡り巡ってカラホトに戻ってきたとしたらなんか素敵かも」という話を考えてみたかっただけです。他意はありません。最初にえらっそーに疑問提示していたのは何だったんだ……。orz
 再三申し上げますが考察にもならないただの捏造物語です気にしないでくださいだから誰か公式情報ください。(最早テンプレと化している文句)

「なかには はるかみなみの国へ のがれ でんせつの神と なったものもいる それは いまも つばさをもつものと あがめられている そう・・・ガラの国のガルダ それが そうだ」

 このトキとガルダの関係の話が、かぐら以外からは聞かれないのがなんだか気にはなるところですが。(で、ガルダとかぐらに何か関係があったりするんだろうかという考えが過ぎって上記の話まで飛躍したのですけど、飛躍し過ぎや……;;)
 実は(秘匿というほどではないけど)公でもない、かぐらの家または神官関係者にだけひっそりと伝わる話だったりして。ガラの国が襲われたことをきっかけに、主人公にポツリと漏らした話だったり。物語の本筋とは関係ない&かぐらは存在したりしなかったりするキャラなので他のモブにまでわざわざ言わせなかった、とすればそれまでですが……オリエンタルブルーではよくあること。(汗)

 現在ではまだカラホト国とガラ国の間に正式な国交はないようなので、両国ともにトキ神とガルダ神の関係は一般には伝わっていないのかもしれません。もし国交が始まったとして、将来的にはどうなるんだろうこの伝説の扱い……。こんな(捏造)物語まで考えた後だと、ちょっとだけ気にはなるところではあります。ひょっとしてそのあたりも幻の続h(略)。
 
 
 
 
 以上です。
 ここまで読んでくださって、本当に、本当に、本当ーーーーに、ありがとうございました!! お疲れ様でした。
 最近、溜まりに溜まっていたせいもあるのか、異様な文章量でした。書いた……年末年始分くらいは書いたで……誰得だとか内容の理論とかクオリティはともかく。私自身も書きながら「一体何の話をしているんだ……私は何の話がしたいんだ……」と、自分で自分の方向性が完全に行方不明になり頭が痛くなってました。(※120%自業自得)

 もともと無理ある思考に逐一自己ツッコミ入れながら無茶な内容を書いたので、全面的に文章が鬱陶しくなったことと思います。私の独り漫才はいつものことですが、どうもすみません。来年は……もうちょっと善処、でき、たらいい……なと。(既にこの自信のなさ)
 そんな文章的なウザさはどうかご容赦いただきまして、もし大いなる誤解を招くようなことや、不快に思われるような内容があればご指摘ください。あと基本疑問形だらけなので、「これはこうじゃない?」というご意見あれば遠慮なくどうぞというか、誰か事の真相を教えてください……。
 そして小林先生には(参照させていただいたことを)感謝と(こんなアホな妄想に使ってしまったことを)謝罪でネットの片隅から全力で土下座。ありがとうございました! すみませんでした! 私の話は支離滅裂でしたが、小林先生の著書(特に『先生!』シリーズ)は本当に分かりやすくて面白いです。動物が好きになります。人間の不思議な行動や習性が愛しくなります。と宣伝。

拍手[0回]

PR

【2014/12/26 (金) 03:20】 | オリエンタルブルー 青の天外
トラックバック(0) | コメント(1)

【青の天外】『陰陽師 蛍火の巻』より、大都の仕組みについて思ったこと【ネタバレ注意】
果物【管理人】
 「トキの魂」の項目書いているときに思い出したことですが、すっかり書くの忘れていました。追記としてメモしておきます。
 以前、夢枕獏先生の『陰陽師 蛍火の巻』を読んで、その一遍「双子針」の内容が興味深く、大都の考察に使えそうかも、なんて言ったりなんだりしたこと。


【!】以下、「双子針」の内容については完全にネタバレしていますので、まだ読んでおられない方はご注意を【!】


 都に起きた大地震と、帝の体調不良。晴明が帝と都の関係について、こう言っていました。

「唐にあっては古より、天子様の玉体は、そっくりそのまま、都に見立てられている。
 そこが、呪というものの厄介なところであり、おもしろいところなのだ。
 思えば、神が宿るということを知っているか――。
 そこらの石であろうが、木であろうが、たれかが、それを神と見て、思うたり祈ったりすれば、それに本当に神が宿るということなのさ。
 帝と都もこれに同じさ。天子様と都は同じと思う人がいて、それが百年以上も続けば、そのようになるということさ」

 上記の話を参考にしてみると、天帝と大都の封印の関係って、一方的なものではなく互恵的な関係だったりするのでしょうか。一蓮托生の関係で、天帝が弱ると大都の封印が弱るだけでなく、大都の封印が弱ると天帝も弱ると。
 千人祈願の失敗って、天帝不在というのも大きかったのかなぁ。元々成功する見込みがないと見ていたから、マ法院も余裕綽綽だった。

 『双子針』の話になぞらえると、最初マ法院は天帝本人ではなく、大都の気脈に異常を起こさせて、間接的に天帝を弱らせていたりして。だから「天帝が亡くなってからマものが現れるようになった」のではなく、「マ法院が現れてからマものが現れるようになった」と言われているのか。
 いくら力で勝っていたとしてもいきなり直接的に天帝を害すのは周りガードも堅くて厳しいでしょうから、政略も用いながら外堀を埋めて、精神的・肉体的に弱らせて、トドメをさす。
 このへんがさすがマ界の長というか、人間時代から天帝の座を狙う野心とバーラトの修業経験を積んだだけある、やり手の静ちゃん。実はこれもメディックスの入れ知恵だったとしたら、それはそれで小者可愛いんですがね。(笑)


 『双子針』では都を流れる気脈(龍脈)についても書かれていて、

「この都にも、龍脈が流れている。船岡山から始まるこの龍脈は、神泉苑のあたりで一度、地上へ姿を現わし、再び地に潜って、朱雀大路を通ってゆき、東寺、西寺の仏塔によって堰き止められる。これで、龍脈の気が、都の外へ流れ出さずに、都の裡へ溜ることになるのさ」

 漫画版『陰陽師』ではこの仕組みが、良いモノを留めようとするため裡から生じた悪いモノも留めることになってしまっている、という内容がありましたが。(「鬼やらい」で追い払われるのだけど、羅城門に堰き止められて都から出るに出られないという)


 以前、「逆さまの呪力によって、大都の気脈の仕組みは平安京の気脈の仕組みと逆になっている」という考察もしましたが、共通してるところもあるのか。そう言えば確かに、平安京の造りも内循環になっていると聞いたことがありました。
 裡に留めておきたいモノが違うということでしょうかね。さらに言えば封印のための気脈はバーラトや各地に置かれたマ界の城などとも繋がっていて、青の大地全体で抑え込んでいる(循環させている)ということですか。うおお……対象が強大なだけに、封印もまたダイナミック。

 ぼうれいの塔と天帝の塔のモデルは東寺と西寺(の仏塔)かな、とは前々から思っていましたが、大都においても気を堰き止める役割をしてるんですかね。
 ということは前庭のあたりってもともとかなり気の淀みが激しいところで、それで真っ先にマものが出現するようになって、あっという間に荒れ果ててしまったんでしょうか。それゆえに、良くも悪くも断熱材(←例えェ…)のような役割にはあったかもしれませんが。


 以上、勝手な想像でした。
 実際のところはどんな設定がされてるんでしょうね。モデルはあるにせよ、さすがに気脈云々の細かいところまでは考えておられないですか。いつもの私の病気ですか。(汗)


コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
【青の天外】『陰陽師 蛍火の巻』より、大都の仕組みについて思ったこと【ネタバレ注意】
 「トキの魂」の項目書いているときに思い出したことですが、すっかり書くの忘れていました。追記としてメモしておきます。
 以前、夢枕獏先生の『陰陽師 蛍火の巻』を読んで、その一遍「双子針」の内容が興味深く、大都の考察に使えそうかも、なんて言ったりなんだりしたこと。


【!】以下、「双子針」の内容については完全にネタバレしていますので、まだ読んでおられない方はご注意を【!】


 都に起きた大地震と、帝の体調不良。晴明が帝と都の関係について、こう言っていました。

「唐にあっては古より、天子様の玉体は、そっくりそのまま、都に見立てられている。
 そこが、呪というものの厄介なところであり、おもしろいところなのだ。
 思えば、神が宿るということを知っているか――。
 そこらの石であろうが、木であろうが、たれかが、それを神と見て、思うたり祈ったりすれば、それに本当に神が宿るということなのさ。
 帝と都もこれに同じさ。天子様と都は同じと思う人がいて、それが百年以上も続けば、そのようになるということさ」

 上記の話を参考にしてみると、天帝と大都の封印の関係って、一方的なものではなく互恵的な関係だったりするのでしょうか。一蓮托生の関係で、天帝が弱ると大都の封印が弱るだけでなく、大都の封印が弱ると天帝も弱ると。
 千人祈願の失敗って、天帝不在というのも大きかったのかなぁ。元々成功する見込みがないと見ていたから、マ法院も余裕綽綽だった。

 『双子針』の話になぞらえると、最初マ法院は天帝本人ではなく、大都の気脈に異常を起こさせて、間接的に天帝を弱らせていたりして。だから「天帝が亡くなってからマものが現れるようになった」のではなく、「マ法院が現れてからマものが現れるようになった」と言われているのか。
 いくら力で勝っていたとしてもいきなり直接的に天帝を害すのは周りガードも堅くて厳しいでしょうから、政略も用いながら外堀を埋めて、精神的・肉体的に弱らせて、トドメをさす。
 このへんがさすがマ界の長というか、人間時代から天帝の座を狙う野心とバーラトの修業経験を積んだだけある、やり手の静ちゃん。実はこれもメディックスの入れ知恵だったとしたら、それはそれで小者可愛いんですがね。(笑)


 『双子針』では都を流れる気脈(龍脈)についても書かれていて、

「この都にも、龍脈が流れている。船岡山から始まるこの龍脈は、神泉苑のあたりで一度、地上へ姿を現わし、再び地に潜って、朱雀大路を通ってゆき、東寺、西寺の仏塔によって堰き止められる。これで、龍脈の気が、都の外へ流れ出さずに、都の裡へ溜ることになるのさ」

 漫画版『陰陽師』ではこの仕組みが、良いモノを留めようとするため裡から生じた悪いモノも留めることになってしまっている、という内容がありましたが。(「鬼やらい」で追い払われるのだけど、羅城門に堰き止められて都から出るに出られないという)


 以前、「逆さまの呪力によって、大都の気脈の仕組みは平安京の気脈の仕組みと逆になっている」という考察もしましたが、共通してるところもあるのか。そう言えば確かに、平安京の造りも内循環になっていると聞いたことがありました。
 裡に留めておきたいモノが違うということでしょうかね。さらに言えば封印のための気脈はバーラトや各地に置かれたマ界の城などとも繋がっていて、青の大地全体で抑え込んでいる(循環させている)ということですか。うおお……対象が強大なだけに、封印もまたダイナミック。

 ぼうれいの塔と天帝の塔のモデルは東寺と西寺(の仏塔)かな、とは前々から思っていましたが、大都においても気を堰き止める役割をしてるんですかね。
 ということは前庭のあたりってもともとかなり気の淀みが激しいところで、それで真っ先にマものが出現するようになって、あっという間に荒れ果ててしまったんでしょうか。それゆえに、良くも悪くも断熱材(←例えェ…)のような役割にはあったかもしれませんが。


 以上、勝手な想像でした。
 実際のところはどんな設定がされてるんでしょうね。モデルはあるにせよ、さすがに気脈云々の細かいところまでは考えておられないですか。いつもの私の病気ですか。(汗)
2014/12/27(土) 05:05 |   | 果物【管理人】 #534aadfa79[編集]
[管理者用 返信]

コメントを投稿
URL:
   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック