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雑多な語り場。所謂「オタク」「同人」「二次創作」と呼ばれる要素全開かつ超ミーハーなので、そういったものが苦手な方は御注意を。更新は月2~3回程度ののんびりペースです。
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2016年の作品と言えば、追記で書く二作とは方向性が違いますが、自分の中では『百花百狼 戦国忍法帖』も結構な衝撃でした。「乙女ゲーム」の枠に収まらないといいますか、「萌え」より「燃え」が強くて、とにかく純粋に話が面白かった。
 主人公たちは必死に生き抜こうとしているけど、物語の“場”俯瞰で眺めるとドライな世界。主人公たちにとっては「悲劇」なんだけど、「悲劇」なのは主人公たちにとってだけ……という。「残酷」という言葉も陳腐に思えるほど、「無常の風に、散る華々」。歴史の片隅で、後に残ることもない物語。
 文章表現の繊細さに驚き、「乙女ゲーム」では避けられがちな要素も敢えて入れられたり、それが臨場感として効果的に働き、世界観も設定も「忍法帖」的にぶっ飛んでるのに、背景がしっかりしてるから地に足着いた重厚感がある。マニアックすぎるやろ……なこだわりが垣間見えるのも好きで(笑)、本当に隅々まで丁寧に作ってあります。

 だから、本音を言うと『百花百狼 戦国忍法帖』はこれで綺麗に“完結”している物語なので、続編もファンディスクもドラマCD等も、私個人はそんなに希望はしていません。描かれなかった部分(半蔵とかがりの話とか)も気にはなりますが、プレイヤーが各々想像するのも楽しいかなと。全部を全部露わにするより、そういう余韻があってもいいと思う。
 希望するのは、それこそ山田風太郎忍法帖シリーズみたいな、シナリオの雰囲気とか独特の世界観を踏襲しつつキャラクターを一新して、全く別の、忍びたちが繰り広げる「ロジカルナンセンス」な物語が見たいなぁと。『甲賀忍法帖』に対する『くノ一忍法帖』みたいな、話としては独立してるけど世界線は繋がってると面白い。家康や半蔵とか、歴史上の共通人物も出たりして。
 …………きっと、制作側としては一番プレッシャーなパターンだと思うので、一ファンが好き勝手言うのも申し訳ないのですが(汗)。でも百花百狼のキャラクター像がとても素敵だったからこそ、「キャラ萌え」に頼らなくても行ける、と期待したいです。


茶菓菜屋より8月26日、27日、31日にweb拍手、妖ノ宮攻略サイトより8月19日、20日にweb拍手、8月20日の記事拍手2件ありがとうございました

 20日や7月17日の、正直この世の誰にも伝わらなさそうな私得だけのネタ記事に拍手くださった方って、もしかして“両方”の話が通じる奇跡のような方なんですかね……!? と固い握手を交わしたい衝動に駆られました(笑)。いえ、もちろん“片方”しかご存じなくても、全力で握手したいしハグして酒飲み交わしながら一晩中(青天or丸)語り明かしたい所存です。( や め な さ い )
 ……こんな熱狂しすぎて気色悪いほどに突っ走りがちな珍獣の檻みたいなブログですが、読んでくださる方、いつもありがとうございます。いや本当にありがとうございます。(平伏)


 真田丸とシン・ゴジラの脚本力の凄まじさに「面白い」を通り越して軽い脳震盪起こしてる果物ですこんにちは。
 ショックのあまり、一度書いた小説ゴリゴリ削り直してます。でも自分の「ここがダメだ」と思うところがあっても、さてそれをどう直していいものか、わからないから途方に暮れている。向上心の欠片もない素人物書きの分際でこんなこと言うのも生意気ですが、とりあえずできることといえばベチベチ打ちながら見つめ直すしかないので、今はただただ「書き進める」だけです。
 この2016年、凄いモノと遭遇してしまって自分内キャパオーバーで頭抱えてます。あの独特のノリとかストーリーとか含まれる要素自体は、(当たり前ですが)人によって合う・合わないがあるので、正確な批評力を持ち合わせていない身では「私個人は好きです」としか言えませんし、他人様に勧めるのに「絶対面白いから!」とは言えません。そ、それは、まあ、その、「好みに合うかはわからないけど、とりあえず、試しに、ちょっと見てみて。それから考えて。#真田丸はいいぞ」と勧めたい布教という名の、人並みの、に、人情くらいは、あるには、ありますが。(小声)
 それとは別に、あの余計な場面を削り取った「繋がり」のテンポの良さとか、超ロングパスで爆発する伏線の活かし方とか、整合性を持たせつつ全部を「説明」しないところとか、観る側に与える「情報」の取捨選択とか、敢えて描かない・見せないことで「魅せる」作りとか。……――と、ここまでで言ってる内容が大体同じというところに私の語彙力の貧相さが滲み出ているのですが(汗)、要は「無駄がない」「クドくない」。だから、ストレートに受け入れられて、その上で頭の中で「無駄な部分」を「クドクド考える」楽しみがあるんですね。
 とは言っても、そんな「先が読めない」ほど奇を衒ったものでなくても、(刑事ドラマとか通俗時代劇とか)ある種「ベタ」な、パターンが読めるような、テンプレート(マンネリ)的な話も、恋愛物も家族愛物も人情物も、好きなことには変わりないので、きっと重要なのはその「物語」に対して必要・不要なのか(組み合わせ)と、「見せ方」の上手・下手(&好み)の問題かなぁと思ってはいますが。
 映像作品のことだけではないですが、「物語」を作る・描く難しさ、考えるだけでも私には手に負えなくて、本当にプロの創作家の方って凄いなぁと、月並みな感想を述べるばかりです。



 ……“「無駄な部分」を「クドクド考える」楽しみ”って、何かと思えば『オリエンタルブルー』に対する楽しみ方がそれでしたね。
 ゲームのストーリーそのものは非常にシンプルで、ただ先に先に進めるだけでは見えない部分がたくさんあって、あっちこっちに寄り道しながらその世界観に浸っていく。それでも全部描かれているわけではなくて、あれこれ脳内補完できるから楽しい。「あの世界観にハマるかどうかで評価が全然違う」というのは本当に納得です。
 でも……でも、やはり隠されている謎が多すぎる(でも放置されているのではなく明らかに「何らか」の設定はしてある)ので、設定資料集ください。(お約束)

「この大都の まつりごとは 天帝と水月さまで おこなっていたのです
水月さまは 天帝に よく つかえ 天帝も 水月さまのいけんを おもんじ
ふたりは まるで きょうだいのように おたがいを たすけあっていたのです
しかし マ法院が あらわれてから すべてが かわってしまったのです」


 最近の真田丸観てて、そういえば天帝存命時代の「水月とマ法院の対立」って、ちょうどこの「三成と家康の対立」みたいな感じかなぁ、と思ってました。
 水月は純粋な無私無欲の完璧主義者で、「正しいことを正しい形で成そうとする」あまり、(性格は優しいから慕われはするけど)場合によっては「面倒くさいヤツだ」と敬遠されてしまいがちなタイプでもあるのかなと。その調整役であり、彼の能力を上手に活かしていたのが天帝だった(三成にとっての秀吉みたいな)。人間の情とか欲とかを知り尽くしたマ法院とまともに対立すると、人心掌握の面で水月が不利になって天帝宮内で孤立化してしまう恐れがあったから、遠ざけたのかしら、と。
 でもこれは逆(?)の可能性もあって、むしろ世俗社会的な「人間」に対して疎いところがあった天帝の、人間社会との調整役が水月だったのかも、とも。「天帝の相談役であり理解者」とあるので。

 「マ法院に逆らう力が天帝になかった」「水月がマ法院に穢されてしまう恐れがあった」は、呪術的な力量の差なのか、政治的な力量の差なのか、にもよりそう……というより、“どっちも”かもしれませんね。
 「ひとをおさめる のうりょくは 天帝よりも あったのかも しれぬ」「たしかに マ法院は ちからをもっているが ヤツのちからは じゃあくだ!!」と言われるだけある。ぅゎしずかちゃんっょぃ。
「気がついたときには マ法院のことばが 天帝のおことばに なっていたのだ・・・」 が、マ法院の権勢の大きさ怖ろしさを表していてじわじわきます。

 ……うーん、このあたり考え出すとまた「水月の人物像」という、出口のない泥沼に突っ込んで抜けられそうにないので、このへんにしておきます。(汗)
 元来「人間」というものはキャラ設定なんてないし、必ずしも理屈で動くわけでも行動に常に整合性があるとも限らないものなので、「こういう性格だから」で片づけられないのですけども、それにしても水月は多面性にもほどがあるキャラクターですわ……。とても繊細なバランスで「完璧」に仕上がっているように見えて、実はバランスが崩れると非常に脆くて危うい人なのかなぁ、と。

 天帝と水月、天帝とわかな姫のことを思うと、頭の中でBGM『ふたりでひとつ』が流れてきます……。――というところで、明日の犬伏を迎える所存です。(白目)



 書き物の息抜きに久々に「描き物」もしてみる。何やかんやと数ヶ月間空いてたんですが、描かないとどんどん退化していくし描くのが楽しくなくなるのはこの数年間の経験で身に沁みてわかっていたので、たまに運転してエンジン温めておかないとということで。
 でも、これまで絵を描くという行為は自分の中では「リハビリ」という認識でしたが、「息抜き」くらいの位置にはなったのかなと。

 青天キャラの中では天下丸が断トツで描きやすいです。
 pixivSketch(@zanhonyasai)に上げた分の途中過程のものですが、現在、私が絵を描く過程において「ラフ」とか「下書き」の概念はありません(決してドヤ顔で言うことではない)。ただ「途中」なだけで、ここからどんどんバランスを見て消しては描いてを繰り返し、最終的な「線」を決めます。この段階では、右腕の位置にめちゃくちゃ迷ってるのがありありとわかる……。
 消しゴム→鉛筆→消しゴム→鉛筆の繰り返しで手も真っ黒になるのでこれ仕上げるまでに5~6回は手を洗いに行く。

 色塗って取り込んだ段階ではこんな感じで、ここからガンガン加工していったものがpixivSketchに上げた分です。ジュウベエの加工前のも。目のハイライトは後で入れます。ハイライトないと本当「悪いこと企んでそうな顔」に拍車がかかってだな……我ながら見てたらだんだん腹が立ってくるお顔だ。(笑)
 自分で自分のために癒しを求めてみたらこのザマだよ!!! ほんのり色気のあるジュウベエさんの笑顔、誰かください。ください。私を癒してください。ください。(※疲れているようです気にしないでやってください)

 この加工というのは旧サイト時代によく使っていたもので、何の変哲もない、平面でムラだらけな園児レベルの色鉛筆塗りを、ほんの~~り水彩画(?)っぽく誤魔k…見せるやつです。ようやっと今のPCに入っているソフトでのやり方を見つけたので。以前上げたイラストをこの方法で加工するとこんな感じ。やり過ぎると色はともかく線が死んでしまうので、結局はゴテゴテ加工に頼らなくて済むよう丁寧に塗れという話ですが。(汗)
 どちらかというと、鉛筆線を取り込んで、水彩ソフトで塗りたいなぁと。前のPCでずっと使ってたお気に入りの水彩ソフト、現PCでは動かなかったので……何かいい物ないかな。

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