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雑多な語り場。所謂「オタク」「同人」「二次創作」と呼ばれる要素全開かつ超ミーハーなので、そういったものが苦手な方は御注意を。更新は月2~3回程度ののんびりペースです。
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【2017/12/15 (金) 05:48】 |
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『忍びの国』
果物【管理人】
読みました。有名作品ですから特に解説はしなくていいかと思いますので、ザックリ感想だけ。(※ネタバレにはあまり気を使っていないので、未読の方は ご注意ください)


調べごとしていくうち天正伊賀の乱を扱った作品が読みたくなって、思い出したのがこちらの作品で、本棚の奥から引っ張り出して来ました。大分昔に家族が購入していたものですが、私はずっと未読のままでした。意外?なようですが、私は(落乱以外の)創作忍者モノはほとんど読んでこなくて(どちらかといえば資料系に傾倒)、最近になってポツポツ読み始めた感じです。

それで読んだのですが。一気に読んだのですが……


な  に  こ  れ  す  ご  い


でした。
今さらとか言わないでください。基本的に自らの直感だけで読む本を選ぶので、話題作とか人気作には恐ろしいほど疎いのです。(汗)

「群れず、欲にのみ生きる、虎狼の族」とありますが、伊賀者たちの人でなし具合に戦慄。欲望に忠実だけど、執着は薄い。淡々としていて情はない。「非情」ではなく、情がない。「野焼きでもするか」みたいなノリで「(城)焼くか」って。
長年に渡って、特異な閉鎖空間で切磋琢磨してきた彼らにとって、築き上げられたその精神力は最早常識のことで、当たり前のこと。主人公の無門も例に漏れず。

そんな伊賀者たちの人でなし具合に憤りを感じる、伊賀者の常識においては「変わり者」である平兵衛が「あの者どもは人間ではない」と伊賀を見限ったところから、話が始まるわけですが。「あの者どもは人間ではない」という言葉……というより感情が、キーになっている印象でした。
でも、なんというか、恐ろしいことにと言いますか、「人間ではない」と言われた伊賀者たちにも、根っこの方では人間臭さを感じるんですね。人間臭い=好い人というわけではなく、善くも悪くも「人間ならでは」の感情や行動規準を持っている。恐ろしいけれど、憎めないというか、否定しきれない。決してキラーマシーンではない「人間」をそこに見た。
ゆえに無門に芽生えた感情もドラマティックな特別なものではなく、自らの心を欺き続けたのも、お国を純に愛したのも、平兵衛らの一途さに無意識に心を動かされたのも、怒りを抱いたのも、誰もが持つ「人間」の性による当たり前のものなのかな、と思いました。
……と、感じ方は人それぞれなので、作者の方の意図と違っていたらすみません(汗)。あくまで個人的に抱いた感想です。


「虎狼の族の血はいずれ天下を覆い尽くすこととなるだろう。我らが子、そして孫、さらにその孫のどこかで、その血は忍び入ってくるに違いない」
 自らの欲望のみに生き、他人の感情など歯牙にも掛けぬ人でなしの血は、いずれ、この天下の隅々にまで浸透する。


大膳の予言に、背筋にうすら寒いものが。「人でなし」であるはずの彼らに不思議とどこか「人間ならでは」のそれを感じてしまったのって、もしかして……とすら思われて、ゾッ。

天正伊賀の乱って、「数に勝る織田軍を伊賀忍者たちが退けた(=伊賀忍者の武勇伝)」というイメージでしたから、この小説も所謂「小軍が武と智を以て大軍を破る」という痛快系合戦記かと思ったら、全然違ってましたね。
もちろん、そういった要素もありますし忍者アクション格好いいですし無門チート過ぎますし、息もつかせぬテンポの良さと激しさに興奮。
でも、どちらかと言えば上記のような一言では現せない人間の内面や愚かさや哀しさ、激しさ、愛しさなんかを容赦なく掘り起こした話だな、と感じました。
各々が各々の目的のため知謀策謀が交錯しましたが、伊賀者たちの思惑が2周3周と回り、自らが自らを滅ぼしたような因果が何とも言えませんね……。

また信雄サイドの人間模様もガッツリ描かれているのが良い。
大膳さんマジ漢前すぎて、殺伐とした中でこの人見ると気持ちいい。信雄との間に芽生えた絆にジンと来ました。第一次伊賀攻めは彼らにとっては負け戦だったわけですが、その中で大きく得たものがあった。
平兵衛にしてもそうですが、伊賀サイドとはまた対象的な人間同士のやりとりに胸打たれました。


…………なんかこう、作品のクオリティに対して感想文が稚拙で申し訳ないです。(汗)
一言では語れない、簡単には語れない要素が多いもので。有名作品なんで的確なレビューかかれる方は大勢いらっしゃいますから、私はただ興奮と勢いだけでまくし立てて書き逃げさせてください解釈間違ってるかもしれないので参考にはされないように(殴)
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


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30代のワイルド系イケメンが、宝珠の玉が描かれた傘を手にしてシャボン玉売りに扮し、五色の玉を吹かして売り声を上げながら歩く姿を想像すると本性とのギャップに身悶えます。
「町中で売り声を上げて、子供にまつわりつかれてはかないませんからな」
「なんだか、この売り言葉がすっかり気に入ってしまいまして」

 なにこの忍者かわいい。

 最近読んだ本の紹介……というか感想というか、最早単なる萌え語りになっています。(汗)
 ミーハーなオタクのテンションが苦手な方は、ご注意ください。好き勝手語るだけでレビューとしてはまったく参考になりませんので、あしからず。一応、重要なネタバレは控えています。


『おんみつ蜜姫』  『おたから蜜姫』 (米村圭伍)

 貧乏な弱小藩で野山を駆けて育ったやんちゃ姫・蜜が、ある事件の真相を追うため男装して隠密行脚に出発するというお話。旅の供は忍び猫のタマと、謎の忍者・笛吹夕介。

 もともと「おてんば姫とそれに振り回される年上の男従者」の話が見たいなー、かつ「和風」で「旅」要素があったらもっといいなー、と思ってたところ、モロ理想そのものの内容がそこにあって驚愕。しかも供が忍者です。忍者なんですよ……!!(果物的に大事なことなので2回言いました)
 図書館で見つけて一目惚れならぬ一読み惚れして即購入決定。……私の図書館の利用方法って、「本を借りる」ではなく「本の試し読み」な気がします。

 設定から察せられるように、『水戸黄門』『大江戸捜査網』みたいな、娯楽的なエンターテインメント系時代小説です(「通俗時代小説」と呼ばれる分野らしいです)。予備知識がなくても楽しめる「ウソやで~」な話で笑いつつ、解説によるとかなりしっかりした時代考証を以て書かれているとのことなので、江戸時代の文化について色々と勉強になりました。
 もともとその手の時代劇が結構好きということもあって、深く考えずに単純に楽しめました。久々に「ページをめくる手が止まらない」本でした。


 まあ、その、なんですか。とにかく夕介がカッコよすぎて、つらい。(真顔)

 どうやら相当なイケメンらしく「歳は三十を少し過ぎたぐらいでしょう。雄々しい眉の下に鋭い目が光り、鼻筋は通って唇はひきしまり、顎をおおう無精髭がたまらない野性味をかもしだしています」とのこと。
 この後、夕介を見た甲府御前(蜜姫の母。メンクイ)がメロメロになる描写が続いて笑いを誘うのですが……私も人のこと笑えないわ(汗)。その年齢と容姿がどストライク過ぎてもうどうしろと。しかも忍者ですよ忍者。忍者ですよ奥さん。(果物的に以下略)

 強くて冷静沈着で頼りになり、性格もいたって真面目で誠実で紳士的という、正統派な男前スペック。
 ピンチに陥ったタマを命がけで守り抜くシーンに悶絶してしまって、軽い同期息切れ眩暈が(実話)。「わしを信じよ。生きる道はそれしかない」「命を懸けての鬼ごっこだ」という台詞にもんどりうち……ただの変態です気にしないでください。(汗)
 しかしイケメン具合で言えば一番のイケメンはタマ(※性別不詳)だと思います。最強のツンデレといいますか、普段は気まぐれ気まま薄情でまったく蜜姫にも懐きませんが、いざ姫がピンチとなるとサッと駆けつけズバッと敵を倒していく。これがイケメン以外の何者であろうか。「忍び猫」っていいですね。「猫」っていうのが、らしくていいですね。


 夕介のこと、ひたすらカッコいいと言っておりますが、それでいてたまにうっかりドジ踏んだり野暮だったり酒に弱かったり、茶目っ気があって冗談も言ったり愚痴ったり落ち込んだり、蜜姫にツッコミ入れたり、シャボン玉吹かしたりと、何かと可愛げがあるもんですからそこが本当にもうたまらないです……!! この人反則すぎるやろふざけんな。(←落ち着け)
 特に『おたから蜜姫』冒頭の、蜜姫と夕介のやりとりが一番好きです。


 町娘に「イイコトして遊びましょ」と言い寄られ、どうにか誤魔化して逃げてきた夕介。

「おや夕介、ずいぶんお急ぎのようだけど、どこへ行くの」
「ええもう、できようことならば、唐天竺までも逃げとうござる」
 蜜姫は、ふんと鼻で笑いました。
「だらしないわねえ、冷徹非情の忍びのくせに。
(中略)あの娘、身なりからして豪商の娘のようよ。可愛がってあげたら小判を貰えたでしょうに」
 つんと顔をそらしながら蜜姫が言うと、夕介は地べたに目を落としてぼやきます。
「そんなことをしようものなら、やれ汚らわしいだの臭いだのとおっしゃって、半月は口を利いてくださらぬくせに。
(中略)それで姫さま、いかがでした。懐が膨れていますな」(中略)
「おばあさんを脅していた浪人どもを峰打ちにして、お握りをふたつもらったのよ」
「それはありがたい。なにしろそれがし、もう腹ぺこで」
「わたくしもよ。ひとりで平らげようかと思ったけれど、夕介には何かと借りもあるし」
「臣を思う君の温情、夕介はもう落涙寸前でござる」(中略)
「世の中、そう甘くはないわね。
(中略)五十両百両と稼げるような大事件は、この街道には転がっていないようだわ」
 世間知らずの姫君が意気消沈しているのを見て、夕介はくすくす笑います。
「なあに、姫さまが事件を探すから、事件が恐れて逃げ出すのでござる。そのうち大事件の方から姫さまを迎えにまいりますから」

 その後「それまでは、この夕介が養ってさしあげます」と男前なこと言いますが、これが目論見甘く大失敗で、しばらく蜜姫にネチネチ言われて、結構凹む夕介。(笑)
 そして路銀が完全に尽きて腹ぺこのまま鉱山を訪れた時のこと。

「ねえ夕介、銀山で働いてみない」
「まさか姫さま……」
「水替え人足の仕事は辛いと聞くけれど、その分、給金も多いはずよ」
「そんな、姫さま。それがしを売りとばすおつもりで」
「なあに、ほんの五日か十日か二、三十日、気仙沼までの路銀が貯まったら、忍者稼業に戻してあげるわ」
「……ええと、鉱山人足の手配は金山衆と呼ばれる山師が差配しておりまして、うろんな者は雇わぬと聞き及んでおります」
(中略)
「要するに、働く気がないのね」
「働く気はござるが、人足稼業はまっぴらです。それがしは由緒正しき忍びでござるからな」
「やれやれ、気位の高い忍びだこと」


 か わ い い (←だから落ち着け)
 まさに「おてんば姫とそれに振り回される年上の男従者」の理想のやりとりすぎて、これで完全に「一読み惚れ」した次第です。夕介がどこの忍びかは一応ネタバレになると思われるので伏せておきます。

 夕介は蜜姫のことを「姫」として認知はしてるけど、あまり女性扱いはしてないですね。完全に武人として見ている気が。その方が互いにやりやすいだろうし、だから夕介は蜜姫の心意気に惚れ込んだのかなと。
 従者として供はしていますが、蜜姫のことは護衛の対象というより、共に戦う仲間といった感じです。敵方との決戦にて「蜜姫が声を発して躍り出た時には、抜刀した夕介がすでに肩を並べていました。」というシーン、想像するとカッコ良くて血が騒ぐ。これぞ男女バディの醍醐味。
 蜜姫さんは少年漫画の主人公のような強さと技の吸収力がありますね。強敵と合い見える度、特訓して必殺技を習得するという。真正面から剣術で戦えば、ひょっとして夕介より強いのではないかと。(笑)


 夕介の変装コレクション。
「首からさげた箱に徳利と葦の管を入れ、頭は二つ折りにした手拭いを髷の後ろで結ぶ吉原かぶり、宝珠の玉が描かれた傘を手にしています」→本人お気に入りのシャボン玉売り。かわいい。
「総髪を茶筅に結い、深緑の袖無羽織に黒の野袴、両刀をたばさんだ武芸者姿」→素敵。(甲府御前の趣味/笑)
「浅黄色の狩衣に、黒烏帽子、平安時代の衣装をまとった笛吹夕介です」→……鼻血。(変態がいます。目を合わせないように)
 最後のは、蜜姫も夕介も小芝居ノリノリ過ぎで笑いました。始める前に「夕介の目は、悪戯を企んでいる子供のように生き生きと輝いていました」とあるところ、流れ的にこの小芝居の脚本書いたのってひょっとして夕介なんじゃ……と思うと、その茶目っ気っぷりに布団の上でローリング。(変態がいます。目を略)


 ……等々、ひたすら萌え語りばっかでアレですが、真面目(?)なところでは歴史ミステリーや伝奇を取り入れた宝探しがあったりして、そういった冒険要素も私は大好きです。

 特に『おたから蜜姫』にて、竹取物語に隠された秘密を解き明かしていくのが面白い。作者は誰で、何のために書かれたのか。物語とは言え帝を虚仮にするような描写がありながら、なぜ貴族の間で読まれていたのか。いつの御代の話か、五人の求婚者のモデルは誰か。かぐや姫が求めた「宝」の正体とは。それについて、なかなかに大胆かつ斬新な解釈がされています。
 もちろんあくまでフィクションの中での話ですが、紅葉山文庫(江戸城の図書館)で様々な本を探して読み解きしていった甲府御前たちと同じように、筆者の方も物凄い大量の資料を参照されたんだなぁ……というのを感じられて、一見突拍子もないような説でありながら、不思議な説得力があります。

 ネタバレになるので詳しくは書きませんが、竹取物語が日本に金属精錬技術をもたらした渡来人と深く関わっているとか、物語に登場する「不死の薬」が実は「死の薬」であったとか、「えっ。それがこんなところに繋がってるの?」という意外すぎる切り口に、浪漫いっぱいでワクワクしました。
 「こじつけじゃないの」というツッコミは野暮というものです(笑)。物語の中でも蜜姫たちはあくまで“後世の人間”の目線でありますから、「こういう説はどうだろう」「それは無理あるんじゃない」「別々の資料から、都合のいいところだけ取って解釈するのはよくない」とかあーだこーだ意見を交わしながら憶測立てていくわけで、その過程が面白い。

 甲府御前の
「創作といえど、空から話を創るのは至難の業ですからね。この世に存在せぬ宝を五つも創案できるはずがない、とわたくしは思います。どこぞで読んだか聞いたかした知識を元にしたのであれば、その元となった宝があるはずです」
 という台詞や、『おんみつ蜜姫』の巻末解説にて
「フィクションが歴史の真実を伝えることは、珍しくありません。(中略)遥かに大多数だった庶民の記録=稗史にも真実が含まれているという発想は、庶民こそが歴史の主人公であるという宣言にほかならないのです」
 というお話が印象深かったです。


 忍者集団vs忍者集団のアクションや戦術に胸熱。しかし彼らが戦う、「戦わなければならなかった」理由が、あまりにも悲しい。
「わしらは、闘って死ぬために生きておるのだ」
 江戸時代の忍者の立場の切なさ。それにしたって、それにしたってあんまりや……。犠牲が多すぎる。orz
 蜜姫はもっと怒ってもいいと思う。前巻のラスト並みに、やらかしてもいいと思う。そして父と許婚にまた神経性胃炎が再発(笑)。貧乏弱小大名はつらいよ。
 
 
 蜜姫たちの「カボスがスダチの一種なのか、スダチがカボスの一種なのか」という話で、そういえばカボスとスダチの違いがピンと来てなかった件。(苦笑)
 わりと真面目に調べてみたら大きさから全然違いました。すみません。どちらもムクロジ目ミカン科ミカン属ですけど、別物のよう。カボスは中国から伝わってきて、日本での栽培はスダチの方が歴史が長い模様。

 蜜姫(豊後人)はカボスこそ天下一だと主張し、菊馬(讃岐人)はスダチを擁護して譲りません。不毛の論争を続けていると、笛吹夕介がぽつりと言いました。
「カボスやスダチというのは……」
「なあに、夕介」
「ユズとはどう違うのでしょう」
「なんですって!」
 似たような柑橘類が他にもあると知り、蜜姫は天を仰ぎます。


 こういうやりとりが、本当かわいいなと。(結局それが言いたかっただけかい)


 ここまで読んでくださってありがとうございました。別にオタク向け作品でもないのに、全力でミーハーしてて何かもうすみません。(土下座) 筆者の方は、なんて反則級の設定と反則級のキャラを創ってくれるんだ……。
 蜜姫、夕介、タマの二人と一匹の珍道中、いくらでもいつまでも見ていたいですが、シリーズがこの2巻だけというのが残念です。誰か実写化してくれないかなぁ。

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【2015/04/13 (月) 23:55】 | 本,アニメ,ドラマ等 感想・語り
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『忍びの国』
果物【管理人】
読みました。有名作品ですから特に解説はしなくていいかと思いますので、ザックリ感想だけ。(※ネタバレにはあまり気を使っていないので、未読の方は ご注意ください)


調べごとしていくうち天正伊賀の乱を扱った作品が読みたくなって、思い出したのがこちらの作品で、本棚の奥から引っ張り出して来ました。大分昔に家族が購入していたものですが、私はずっと未読のままでした。意外?なようですが、私は(落乱以外の)創作忍者モノはほとんど読んでこなくて(どちらかといえば資料系に傾倒)、最近になってポツポツ読み始めた感じです。

それで読んだのですが。一気に読んだのですが……


な  に  こ  れ  す  ご  い


でした。
今さらとか言わないでください。基本的に自らの直感だけで読む本を選ぶので、話題作とか人気作には恐ろしいほど疎いのです。(汗)

「群れず、欲にのみ生きる、虎狼の族」とありますが、伊賀者たちの人でなし具合に戦慄。欲望に忠実だけど、執着は薄い。淡々としていて情はない。「非情」ではなく、情がない。「野焼きでもするか」みたいなノリで「(城)焼くか」って。
長年に渡って、特異な閉鎖空間で切磋琢磨してきた彼らにとって、築き上げられたその精神力は最早常識のことで、当たり前のこと。主人公の無門も例に漏れず。

そんな伊賀者たちの人でなし具合に憤りを感じる、伊賀者の常識においては「変わり者」である平兵衛が「あの者どもは人間ではない」と伊賀を見限ったところから、話が始まるわけですが。「あの者どもは人間ではない」という言葉……というより感情が、キーになっている印象でした。
でも、なんというか、恐ろしいことにと言いますか、「人間ではない」と言われた伊賀者たちにも、根っこの方では人間臭さを感じるんですね。人間臭い=好い人というわけではなく、善くも悪くも「人間ならでは」の感情や行動規準を持っている。恐ろしいけれど、憎めないというか、否定しきれない。決してキラーマシーンではない「人間」をそこに見た。
ゆえに無門に芽生えた感情もドラマティックな特別なものではなく、自らの心を欺き続けたのも、お国を純に愛したのも、平兵衛らの一途さに無意識に心を動かされたのも、怒りを抱いたのも、誰もが持つ「人間」の性による当たり前のものなのかな、と思いました。
……と、感じ方は人それぞれなので、作者の方の意図と違っていたらすみません(汗)。あくまで個人的に抱いた感想です。


「虎狼の族の血はいずれ天下を覆い尽くすこととなるだろう。我らが子、そして孫、さらにその孫のどこかで、その血は忍び入ってくるに違いない」
 自らの欲望のみに生き、他人の感情など歯牙にも掛けぬ人でなしの血は、いずれ、この天下の隅々にまで浸透する。


大膳の予言に、背筋にうすら寒いものが。「人でなし」であるはずの彼らに不思議とどこか「人間ならでは」のそれを感じてしまったのって、もしかして……とすら思われて、ゾッ。

天正伊賀の乱って、「数に勝る織田軍を伊賀忍者たちが退けた(=伊賀忍者の武勇伝)」というイメージでしたから、この小説も所謂「小軍が武と智を以て大軍を破る」という痛快系合戦記かと思ったら、全然違ってましたね。
もちろん、そういった要素もありますし忍者アクション格好いいですし無門チート過ぎますし、息もつかせぬテンポの良さと激しさに興奮。
でも、どちらかと言えば上記のような一言では現せない人間の内面や愚かさや哀しさ、激しさ、愛しさなんかを容赦なく掘り起こした話だな、と感じました。
各々が各々の目的のため知謀策謀が交錯しましたが、伊賀者たちの思惑が2周3周と回り、自らが自らを滅ぼしたような因果が何とも言えませんね……。

また信雄サイドの人間模様もガッツリ描かれているのが良い。
大膳さんマジ漢前すぎて、殺伐とした中でこの人見ると気持ちいい。信雄との間に芽生えた絆にジンと来ました。第一次伊賀攻めは彼らにとっては負け戦だったわけですが、その中で大きく得たものがあった。
平兵衛にしてもそうですが、伊賀サイドとはまた対象的な人間同士のやりとりに胸打たれました。


…………なんかこう、作品のクオリティに対して感想文が稚拙で申し訳ないです。(汗)
一言では語れない、簡単には語れない要素が多いもので。有名作品なんで的確なレビューかかれる方は大勢いらっしゃいますから、私はただ興奮と勢いだけでまくし立てて書き逃げさせてください解釈間違ってるかもしれないので参考にはされないように(殴)
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


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『忍びの国』
読みました。有名作品ですから特に解説はしなくていいかと思いますので、ザックリ感想だけ。(※ネタバレにはあまり気を使っていないので、未読の方は ご注意ください)


調べごとしていくうち天正伊賀の乱を扱った作品が読みたくなって、思い出したのがこちらの作品で、本棚の奥から引っ張り出して来ました。大分昔に家族が購入していたものですが、私はずっと未読のままでした。意外?なようですが、私は(落乱以外の)創作忍者モノはほとんど読んでこなくて(どちらかといえば資料系に傾倒)、最近になってポツポツ読み始めた感じです。

それで読んだのですが。一気に読んだのですが……


な  に  こ  れ  す  ご  い


でした。
今さらとか言わないでください。基本的に自らの直感だけで読む本を選ぶので、話題作とか人気作には恐ろしいほど疎いのです。(汗)

「群れず、欲にのみ生きる、虎狼の族」とありますが、伊賀者たちの人でなし具合に戦慄。欲望に忠実だけど、執着は薄い。淡々としていて情はない。「非情」ではなく、情がない。「野焼きでもするか」みたいなノリで「(城)焼くか」って。
長年に渡って、特異な閉鎖空間で切磋琢磨してきた彼らにとって、築き上げられたその精神力は最早常識のことで、当たり前のこと。主人公の無門も例に漏れず。

そんな伊賀者たちの人でなし具合に憤りを感じる、伊賀者の常識においては「変わり者」である平兵衛が「あの者どもは人間ではない」と伊賀を見限ったところから、話が始まるわけですが。「あの者どもは人間ではない」という言葉……というより感情が、キーになっている印象でした。
でも、なんというか、恐ろしいことにと言いますか、「人間ではない」と言われた伊賀者たちにも、根っこの方では人間臭さを感じるんですね。人間臭い=好い人というわけではなく、善くも悪くも「人間ならでは」の感情や行動規準を持っている。恐ろしいけれど、憎めないというか、否定しきれない。決してキラーマシーンではない「人間」をそこに見た。
ゆえに無門に芽生えた感情もドラマティックな特別なものではなく、自らの心を欺き続けたのも、お国を純に愛したのも、平兵衛らの一途さに無意識に心を動かされたのも、怒りを抱いたのも、誰もが持つ「人間」の性による当たり前のものなのかな、と思いました。
……と、感じ方は人それぞれなので、作者の方の意図と違っていたらすみません(汗)。あくまで個人的に抱いた感想です。


「虎狼の族の血はいずれ天下を覆い尽くすこととなるだろう。我らが子、そして孫、さらにその孫のどこかで、その血は忍び入ってくるに違いない」
 自らの欲望のみに生き、他人の感情など歯牙にも掛けぬ人でなしの血は、いずれ、この天下の隅々にまで浸透する。


大膳の予言に、背筋にうすら寒いものが。「人でなし」であるはずの彼らに不思議とどこか「人間ならでは」のそれを感じてしまったのって、もしかして……とすら思われて、ゾッ。

天正伊賀の乱って、「数に勝る織田軍を伊賀忍者たちが退けた(=伊賀忍者の武勇伝)」というイメージでしたから、この小説も所謂「小軍が武と智を以て大軍を破る」という痛快系合戦記かと思ったら、全然違ってましたね。
もちろん、そういった要素もありますし忍者アクション格好いいですし無門チート過ぎますし、息もつかせぬテンポの良さと激しさに興奮。
でも、どちらかと言えば上記のような一言では現せない人間の内面や愚かさや哀しさ、激しさ、愛しさなんかを容赦なく掘り起こした話だな、と感じました。
各々が各々の目的のため知謀策謀が交錯しましたが、伊賀者たちの思惑が2周3周と回り、自らが自らを滅ぼしたような因果が何とも言えませんね……。

また信雄サイドの人間模様もガッツリ描かれているのが良い。
大膳さんマジ漢前すぎて、殺伐とした中でこの人見ると気持ちいい。信雄との間に芽生えた絆にジンと来ました。第一次伊賀攻めは彼らにとっては負け戦だったわけですが、その中で大きく得たものがあった。
平兵衛にしてもそうですが、伊賀サイドとはまた対象的な人間同士のやりとりに胸打たれました。


…………なんかこう、作品のクオリティに対して感想文が稚拙で申し訳ないです。(汗)
一言では語れない、簡単には語れない要素が多いもので。有名作品なんで的確なレビューかかれる方は大勢いらっしゃいますから、私はただ興奮と勢いだけでまくし立てて書き逃げさせてください解釈間違ってるかもしれないので参考にはされないように(殴)
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
2015/04/14(火) 23:57 |   | 果物【管理人】 #7f4ce26b45[編集]
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