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雑多な語り場。所謂「オタク」「同人」「二次創作」と呼ばれる要素全開かつ超ミーハーなので、そういったものが苦手な方は御注意を。更新は月2~3回程度ののんびりペースです。
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仁義忠信は外より求め行うものにあらず。人々、五行の理を受得して身に具足し、心に固く有するものなり。
聖賢も愚人も少しの替りなく、同じ具足をしあるなり。


 08月12日の記事拍手ありがとうございました。
 『薄桜鬼 真改』にて永倉さんと山崎さんが攻略対象になったということにぐぐいと心揺さぶられている果物ですこんにちは。永倉さんは今までしれっとメインキャラに混じってパッケージに載ってたりして攻略対象じゃないという詐欺にもほどがあるキャラだと思ってましたが(殴)、とうとう詐欺じゃなくなったおめでとうガチムチ筋肉キャラ嬉しい。山崎さんは羅刹化しないと生存できないですよね……しかしその見目その役職で羅刹化されると本当ジュウb……――いやもう何も言うまい。(重症)
 ただ、これでPSVita購入にまで踏み切れるかというと……金銭面的に大変悩むところであります。
 『薄桜鬼』については、私個人は「幕末」「新撰組」という題材や「鬼」「羅刹」「吸血」といったファンタジー要素にそれほど魅かれるわけではないのですが、主人公が出しゃばりすぎず、ただひたむきに「どこまでもあなたについていきます」というスタンスなのが好きです。開発スタッフの方も「キャラクターが主人公を持て囃して「何かをしてあげる」ということはない」と言われてましたし。乙女ゲームであることを忘れかける土方ルートの低糖っぷりがいい。(笑)


 『完本 万川集海』は何しろ辞書級の厚さがあるので(現代語訳分だけなら三分の一くらいですけど)、気になった部分を選びながらぽつぽつ読んでいます。情報量が凄すぎて、読んだ傍から忘れていくよ……。一年は組のテストの点数が目の検査なのも笑えないと思った。
 特に、第一巻~第七巻の、忍者として将としての心構えについての内容が興味深いです。職業倫理とも言えますか。

 『万川集海』では用語として「忍者」と「忍士(しのびざむらい)」と「忍び」とを使いわけている。忍士は「普段から忍術を工夫して“下人”に隠忍を教えて忍びに出し」、「その下人から音羽の城戸や新堂の小太郎など忍び上手が育った」とある。他の資料も参考して整理すると、「忍び」は非武士であり、「忍士」は武士、「忍者」は忍士と忍びの総称と考えてよい。忍士は忍頭として忍びの手配をし、時には自らも出動する。

 忍者モノの創作作品読んでると、「結局、忍者って武士なのか? 武士じゃないのか?」と不思議に思っていたことがあったので、なるほどなと。同時代の(忍者ではない)武士からは「奇怪の痴れ者」なんて評価を受けているらしいですが。……こういうの読めば読むほど、個々の忍術についてはまだともかく、彼らの組織形態については全然無知でしたと思い知らされますね。安土桃山時代~においては、むしろこの組織力が最大の武器だったのにね。(汗)
 「忍者」という単語自体、江戸時代以降のものといいますが、このあたりの定義がハッキリしなかったので、知ると嬉しい。

 以下は、最近読んだ本の紹介。ストーリーについてのネタバレはしていませんが、私の中の基準が緩々なので敏感な方はご注意ください。
 やはりダラダラと長くなってしまったので、一冊だけです。……どうせこうなるからもう、いっぺんに何冊分も書くのはやめて小出しにしていこうと今さらになって思いました。相変わらず「私はこういうのが好き!」というただの趣味語りなんで、レビュー力は皆無です。



【 忍び道 忍者の学舎開校の巻 】 武内涼  

 以前取り上げた『戦都の陰陽師』の武内先生の本です。あるようでなかった(?)、「忍者の学校」を扱った時代小説。
 実際には「忍者の学校」なんてありえないのですが、これが小説のいいところですね。

 舞台が江戸時代というのがいいですね。戦国時代ほど殺伐としていないから、「学舎」という余裕ができているのか。
 この「忍者の学舎」が作られることになった理由は、本書をお読みいただければ……と思いますが、むしろ“江戸時代だからこそ”必要になったのだと言えます。既に『万川集海』も書かれていた時代ですから、それだけ質の良い忍者・忍術の維持が難しくなった世なんだなと。


 奥深い山中の学び舎に集められたは、8歳~15歳くらいの子供たち。忍者の家系の子だけではなく、武士の子や町人、百姓の子まで、身分や生国を問わず、各地で才能を見出され、勧誘されてきました。

・主人公は、身体能力は高いけど、ちょっと内気で心優しい男の子。
・暗い過去を持つ、勝ち気なヒロイン。
・勉学は苦手だけど口と体はよく動く、主人公の弟分的存在。
・勉学は得意だけど体術は苦手。真面目で悩み多きおぼっちゃん。
・美人で文武両道。マドンナ的なお嬢様。厳しくも優しいツンデレ。
・体が大きく力が強い。乱暴なところがあるジャイ●ン的ガキ大将。
・↑の腰巾着な、ス●夫的存在。(笑)


 ――と、時代小説ながら、学園モノに定番のキャラクターが揃い踏みで楽しいです。
 子供たちに忍術を教える教師陣(つまりプロの忍者の方々)もまた、貫禄たっぷりのじいさま学舎長、穏やかだけど超強いばあさま副学舎長、生徒に怖がられてる鬼の体育教師、女子生徒に人気な優しい男性教師、小動物のような明るい女性教師、主人公の才能を見極め、期待をかけている父親的な教師……等々、こちらも学園モノの定番が揃ってますね。(笑)


 「忍者の学校」もさることながら、そもそも忍者が知識や技、身体能力を身につけるための「修行」を行う話自体、なかなかないものだと思うので、それが描かれているのが一番嬉しいですね。
 伊賀組・甲賀組でクラスが分かれているのですが、例えば跳躍力を鍛える訓練にしても、流派によって修業方法が違うんだなぁというのが面白い。

 学舎長による「伊賀流の歩みと兵法論」の授業シーンがとても好きです。孫子の兵法より、将に必要とされる智、信、仁、勇、厳の五つの魂について。

「将とは……賢く、信頼でき、多くの人をつつみこむような優しさがあり、勇敢で、自分と他人に厳しい者である……こういう意味じゃ。智、信、仁、勇、厳、この五つをかねそなえた者に、将の資格があるということじゃな。(中略)わしは忍者というものは、敵地に入った時、自らが将であるという気概をもたねばならぬと、思うておる」

 その上で、信と仁がともなわぬ将はどうなるか、智と厳が欠けていたらどうなるか……と、子供たちと問答し、議論させます。
 これは『万川集海』における教えに通ずるものがありますね――というか、『万川集海』自体が、孫子等の有名な兵法書から引用された教えが多いのですが。
 授業の締め、学舎長の伊賀者としての強い矜持を感じさせる言葉に痺れました。こういう授業シーン、読者としても勉強になりますし、もっと欲しかったです。


 『戦都の陰陽師』でも思ったのですが、やはり自然風景や植物の描写に強いこだわりを感じられますね。特に今回は、情景についての比喩表現がたっぷりとしてあります。

 蔦が全体にからみつき、不気味な姿で佇む楢どもの下で、梅雨時は、青黒く蒸された爬虫みたいに、盛夏は、夜でも熱がこりかたまったみたいに、草どもが暴れ狂う……そんな林だ。

 柳のお化けみたいな着生植物、ノキシノブや苔を身にまとった、見上げるほど高い白樫どもが、女人の如くなめらかに、踊り狂っている。

 こういう、艶めかしい“生”を感じられる比喩は、味わい深くて好きです。


 時代背景の特徴として、大きく扱われているのが「生類憐みの令」の真っただ中であることです。
 まず「忍者」という題材とこの「生類憐みの令」、なんだかアンバランスといいますか、性質的に衝突してしまう組み合わせになる要素を、敢えて選択したというところに驚きました。

 地方ではそれほど浸透していなかったと言われていますが、この「忍者の学舎」は幕府の重臣たちの多くが反対する中で、将軍綱吉の「面白そうじゃん。やってみなよ」という鶴の一声(いや、実際はこんなフランクな言葉使いではありませんが;)で開設されたものなんですね。綱吉が危惧を抱いたらあっさり潰されてしまう恐れがある。ゆえに、学び舎において「生類憐みの令」には非常に気を使わなければならないわけです。
 山中での修業でありますから、訓練中にうっかり虫を踏んづけたくらいはさすがに許されていますが、意図的に虫やら蛙やら動物を殺すことは、子供たちにも校則で堅く禁じられています。山の中でありながら、敷地内に死んだイタチがいたというだけで、大騒動になるのです。

 印象に残っているのが、主人公・一平がうっかり雑草を踏んづけたと同時に、そこにいた小虫を殺してしまったのでは……と焦るシーン。

 偶然の出来事ということが証明できると、無罪かもしれない。だが、意図的だと周囲に思われると――生類憐みの令に違反したかどで、最悪の場合、死罪になるかもしれぬ。一つの事件である。
 馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれない。
 だが――この時代は、そうなのだ。
 一平は、民が頬についた蚊を叩き殺すのも、下水に湧き出たボウフラを踏み殺すのもはばかった時代に生れた、守ってくれる有力者の一人とていない、山岳地の、百姓の子である。
 これは彼にとって一つの大きな事件であった。


 読む限りは、「生類憐みの令」に対して、ただ一方的に批判する意図はあまり感じられなかったです。もちろん、筆者の方が実際にどう思われているのかはわかりませんし、登場人物が「多くの民が不幸になった悪法には賛成できないが、この中に良きものを探すとすれば大本の理念である慈悲の心であろう」と考えるような場面はありますが、どちらかといえば「その時代に生まれ、その時代に生きている人は、その時代の中でこう感じながら暮らしている」という書き方なのかな、というのが個人的な印象です。
 書き方はそう重苦しいものではないですが、ふと色々考えさせられます。だから敢えて「生類憐みの令」の時代を選んだのかもしれません――という私の認識がズレていたら読解力なくてすみませんとしか言いようがないのですが。(汗)


 とりあえずこの一冊で起きた事件は「一件落着」とはなっていますが、まだまだ気になる要素もありますし、この先どんな忍びの訓練が行われるのか、子供たちにどんな成長や心の変化があるのか、見てみたいなぁと思いました。
 続編は……出るんですかね? 是非出てほしいんですけど、マイナーそうだから厳しいですか。
【追記09/02】と思ったら、近々続編が出るようです。やったー!

 「学校」という舞台で、前述したように定番の要素を備えたキャラクターが揃い踏みですし、「子供同士ならではの世界」「子供には子供のプライド」という感覚は現代でも共感できる部分はあるし、忍者のことはもちろん、この時代の生活・風俗について歴史の勉強になるところもあるので、小学校高学年~中学生向けくらいの児童書(青い鳥文庫とか角川つばさ文庫あたり)にして出してもいいんじゃないかな、学校の図書室に置いてもらいたいな――――と思ったけど、結構グロい描写やえげつない実情も描かれていたりするのでアウトですか。(汗)

 敵として登場する忍者の方々から、山田風太郎忍法帖の匂いがしてきますね(笑)。不気味怖くていっそカッコいい。

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